通訳者Mのブログ

通訳と、人生と。

スムーズな通訳のために

通訳はスピーカーがいなければ機能しません。スピーカーに依存していると同時に、時にはスピーカーに苦しめられます。依存しているのに、制約も同時にかけられるからです。勝手なことは言えないから待たなければいけないのに、決められた時間内に話さなければ置いていかれるし何しろ本人ではないので不明な部分があったりして毎度分かり切ったようには訳せないからです。

 

でも最近感じるのは、スピーカーが話し始めてからピリオドが打たれるまで、比較的通訳者は自由を頂いているということなんです。内容が同じであればどのように訳さなければいけないかという決まりはありません。スピーカーが出した単語の順番に日本語を話さなければいけない規則はないし、直訳しなければいけない理由もない。

 

英語を聞いて日本語に(日本語から英語の逆方向も)通訳にするときに直訳風になってしまったり、元の発言に遅れがちでギリギリのところで通訳している状態というのは、自由が利く部分がかなり狭いことを意味しています。ここでいう自由、というのは時間の空間のようなものです。

当然元の文章が理解出来なければ苦しいです。自由などありません。嫌だなと思っても直訳風にせざるを得ない時もあります。

遅れていれば自由も何もありません。聞こえてきたものをその場で「片づけて」いくしかない。

 

英語を聞いて同じ内容を日本語で話すという、または日本語を聴いて英語で同じ内容を語るという、すでに忙しい中でも自由が感じられて通訳出来るときというのは、理解が早く、その結果常に予測する余裕がある時です。

 

だから私は速い理解が出来るか否かが勝負の分かれ目だと常に思っています。

 

速い理解が出来れば「この話し方は次こう来るか」と考えながら&聞きながら、何度も言い換えることをせずに綺麗に出していくように、調節をする余裕が生まれるのです。

 

速い理解と同じくらい大事なのが、脳と口の連携です。

脳が理解してもその速さに口がついてこなければ意味がありません。速く理解したいのは、それだけ余裕があればアウトプットを考えながら美しく出せるからです。口、と言っていますが、頭です。頭が明瞭清涼であれば、口も同様に動きます。

口がついてこない時は経験上、冷静でない証拠です。120%の準備と深呼吸で対処可能です。(今のところ)

舌がまわらない時は経験上、冷静でない証拠です。「訳さなくちゃ」に神経が行き過ぎなので、聴いている人にはどう聴こえるか、伝えようという意識でだいぶ改善出来ます。録音してみて練習するのがおすすめです。