通訳者Mのブログ

通訳と、人生と。

2015年春から2016年春強化合宿 5/6

師匠に再会した2015年春から2016年3月の1年間、『死ぬほど勉強したって時期があってもいいだろう』という言葉の通り、通訳トレーニングというより、1年間強化合宿に行っていた感覚に近いです。

 

同時通訳を始めたのも2015年春でした。

初めてイヤホンをつけたら『同時通訳してください』、と。

すみません、同時通訳ってどうやるんですか?という状態。安倍内閣が平和安全法制を閣議決定した直後の記者会見が初の教材でした。

25m平泳ぎでも泳ぎきったことのない学生にオリンピック種目の200mバタフライを泳げというようなものです。

 

この1年間は部屋にこもったあと意識が飛ぶまで勉強していました。

リプロダクションが何度やっても出来ない。一文すら繰り返そうと思うと真っ白になってしまう。

8語遅れのシャドーイングなんて何度やっても出来ない。

 

記憶してでも完璧に出来ることを目指す、そんなことを毎週繰り返していました。授業でやってみると真っ白になってなにも繰り返せないことも何度もありました。繰り返すだけで精一杯なのに日本語にするのはもっと難易度が高く、講師のいう訳を覚えて、口から出せるようにする、その繰り返しでした。

 

日英の通訳を練習開始する前に相当英日トレーニングをしました。どうしようもないレベルの英語でつたない通訳をする前に、high quality英語を仕入れて、それを当たり前にしていく。そういう意図だったと思います。

 

 

英日も笑ってしまうレベルでしたが日英は話にならないレベル。苦しい日々が続きました。よく諦めずに辛抱してくださったと思います。スミマセンでした。笑

 

 

講師の口にしたことを覚えて繰り返すも、自分が何を言っているのか意味不明。そんな毎日でした。

 

会計の基本知識も勉強するよう指導され、書籍を読んでテストするという繰り返しでした。

 

そのうちノートをとってリプロダクションを訓練するようになります。当時『ありえない!』でした。必死に記憶をとどめるのだってやっとなのにノートなんて取り始めたら全部こぼしてしまう!と。しかし、講師のいう通り、『ノートをとりながら一定の長さリプロダクション出来なければ通訳なんて出来ない』のです。

 

ただこの一年、お客さまを前に通訳することは皆無。自分と格闘する1年でした。

そして2016年春から1年間、外資コンサルティング企業で社内通訳者をすることになります。