通訳者Mのブログ

通訳と、人生と。

アイドリングストップの本科Ⅰと師匠との再会 4/6

2013年秋、本科Ⅰにあがります。

実際に通訳することが多くなり、扱うトピックも政治経済で下調べをしていないと聞きとれても何のことを言っているのか分からない、ということが増えました。

 

以前もこのブログで書きましたが、この頃から英会話講師の仕事が本格的になり、かつ大学院へ行くための準備を少しずつ始め、時間が空けば関連する論文や書籍に埋もれて図書館で過ごしていました。英語の勉強はほとんどしない日は1年間、2014年秋くらいまで続きます。その間、英語は好きだったので学校には通い続けました。予習も復習もせず、ひたすら身体だけ通う日々。講師には悪いことをしたと思います。やる気のない生徒を教えるのが一番疲れるからです。義務教育ではないのだからやる気がないなら帰れ、です。当時の先生たち、ごめんなさい!

 

そして2014年秋、NHKプロフェッショナル仕事の流儀に出ていた長井鞠子さんを見て、通訳ってこんなに人に寄り添って準備に、仕事に、全力を注いで、人と人の間に入って、人の代わりに話す、伝えるという『人間味のある』仕事なんだと初めて知りました。通訳学校に通っていても通訳者の仕事風景は見られないので、貴重な瞬間でした。これなら通訳を目指したい、と初めて思ったのが2014年秋。

 

本科Ⅰに相変わらずいた私はそこから勉強に対する態度も生活スタイルも急旋回。講師の日本語訳はみんな書き取り、同じところは確実に出来るように復習し、TEDを聞いて軽くディクテーションなどもしていました。The Economistも辞書片手に読んで、シャドーイングも見よう見まねでやっていました。

 

あの番組を見てから『伝える』を意識し始めてまだ初心者ながらも通訳の仕方が少しずつ変わったことを感じたのもこの頃。それまでは代わって話す、どころか、高校生の和訳作業と同等のことをやっていました。

 

そして学期末、本科Ⅱ進級がくだりました。久しぶりの講師からの高い評価を見て、この調子で頑張ろうと思っていた矢先、‘師匠‘に呼び出されます。

 

再会した時は『昔に会ったことある気がする』くらい、2年間お会いしていませんでした。この時の会話は、師匠は覚えてないと思いますが、昨日のことのように覚えています。

 

通訳者になる覚悟を固めたのがこの2015年2月。

 

人それぞれの人生にターニングポイントがあります。この出来事があったことで今の自分がある、という。この時の再会は私の人生語るとき外せないターニングポイントです。