通訳者Mのブログ

通訳と、人生と。

言語だけでは通訳は上手くいかない

孔子も『自分であれこれ考えるのは、学ぶことにおよばない』と言っている。多くの本を読み、多くの物事に接し、先入観をもたずに鋭く観察し、真実のありかを求めれば、信じること疑うことはたちまち入れ替わって、昨日信じていたことが疑わしくなることもあるだろうし、今日の疑問が氷解することもあるだろう。学問をする者は頑張らないといけない。

学問のすすめ 現代語訳 (ちくま新書)

 

またもや学問のすすめからの引用です。

元気がむくむく湧いてくる言葉だと思いませんか。

 

これまでの日常生活で、仕事で出逢って消化する範囲はだいぶ限られています。本を読んで見聞を広げて、物事を考える力をつけるということは通訳をしていく上では欠かせない力です。日本語英語を磨くだけでは、通訳はうまくいきません。言葉を聞いたまま変換しているわけではないからです。

 

まず聴く力があることが肝要ですが、聴いてからの分析あるいは理解が大事です。

分析とは話された内容における因果関係、伝えたい力点、を見出すことです。 

分析や理解することなしに通訳をすれば、スピーカーが話した言葉を変換はしていても、聴いている人は聞きにくいのです。

聴いている人に「なにを言いたいのだろう」と考えさせなくてはならないからです。

 

 

分析をするためには、まず聞き取れている必要があるし、聞き取ってノートに落とした瞬間に文法や構文も分かっていないといけません。そこまでは言語に対する能力でも、云わんとするところをつかむには、想像力が必要と言ってもいいと思います。「あてずっぽう」とは違います。同情力と言ってもいいかもしれません。通訳者の理解出来る範囲の中でしか「こういうことだろうか」という力は働きません。そしてそれを表現できる力もないといけません。

 

通訳者の理解出来るレベル、キャパ、教養と言ってもいいかもしれませんが、それが通訳に与える影響というのは決して小さなものではありません。