通訳者Mのブログ

通訳と、人生と。

いつか正確でかっこいい同時通訳を

まあ本来合ってはいけないことですが、手持ちの情報が何もないまま初見で同時通訳をしたものを録音すると、ずれているところ、間違っているところがあります。

 

初めて聞いた情報を頭の中でプロセスしながら、それを正しい日本語に、英語におとしていくのは簡単なことではないと分かりつつ、それだけ簡単なことではないことをやるからこそ通訳者ですと名乗っているわけですよね。

 

同時通訳において初めて聞かされる情報は負荷がかかります。まず日本語で、英語で、しっかり聞かないといけない。ただ聞くだけは許されませんから、言葉を分かったところから出していきます。このときの、つまり、分かったところから別言語で話すのと同時の、聞きが甘いのが原因です。

 

あとで聞き返すと、漢字一文字分を聞き逃している。いや正確に言えば、その一文字分手抜きしてしまっている。

 

どういうことか、例えば、

台湾と日本の二国間関係の話をしている文脈で共同声明といわれると日台の共同声明だろうと耳が手を抜いている事が分かります。本当は日中(国)の共同声明にもかかわらず。

 

または、突然出てきたポジション名を思い出して訳している間に、また別のポジション名の「副」を聞き落としていたりします。

 

同時通訳になっとらん、と。

 

 

 

まあ本番であればどれだけ悔しくてもやり直せないのが通訳です。

解析だけしても悔しがってだけいても解決しません。落ち込んでも解決に寄与しません。

どうしたら出来るようになるのか考えながら、向上するように練習し、通訳し、検証し、練習し、の繰り返しをすることしか解決方法はないですよね。

 

正確に、でもベタベタな訳をする、そういうダサい訳は嫌だ。ダサい訳でも正確に出している方に軍配が上がることは分かってはいるけれど。

 

(あるか分からない)パーフェクトは難しいと理解しつつ、常にパーフェクトを目指しつつ、前向きな反省が必要です。出来ないと落ち込んで放り出すのは簡単だけれど。

 

長所はさらに伸ばしつつ、欠点を補填する努力が求められます。