通訳者Mのブログ

通訳と、人生と。

常に満足せず

宮沢りえさんのインタビューが目に入って、
美容院でリラックスするはずが、通訳のことを考えるはめになってしまった日のはなし。

自分を評価できない、自信がもてない、もうこれは私の性格で、、と。

「私、自信過剰な人が大嫌いなんです」があるパラグラフの冒頭に。
もっとこう出来たんじゃないだろうか、あそこはもっと改善できるのでは、と、
自らを省みている人の方が誠実ではなかろうか、という記事。

美容院の鏡に映る自分を眺めながら、ヘアスタイルそっちのけで通訳のことを考えた。
(考えたってヘアスタイルはそう変わらない)


そう、通訳者として会場に入る時には自信を持っていくことは大事だと思う。
色んな不安や懸念は考えずに。
考えなくても済むように、準備をする。


けれども、どう通訳するのがベストか、それには必ずしも答えが一つだけではないと思う。
クライアントに喜んでいただけたとしても、ここをもう少し改善できた、とか、
あの部分はこういう表現の方がよかったな、とか、いくらでもある。
ましてや、クライアントが無反応だったときは、手を入れなおすレベルから違う。
あの時のこの表現、、で済んだら楽だけれど。知識から言語力、理解力、使ったコロケーションに至るまで。


自分の通訳スタイル(わかりやすく)A, Bのどちらがいいんだろうか悩んだとき、
(これこそ神の見えざる手と呼んでいいと思う)たまたま大ベテランの方とお仕事するチャンスが回ってきて。
その方にとっての正解は、どちらも、だった。クライアントによるし、スピーチの中身によってやり方を変える。
自分のポリシーはなんとなく持ちつつ、臨機応変に、速くも、遅くも、対応するのだ、と。


それでも
こうでもない、あちらでもない、この方がいいかもしれない、と
改善を目指すかたつむりのような集中的な努力で未来が積みあがっていく。


そう、だから宮沢りえさん、おっしゃっていること、よく分かる気がします。