通訳者Mのブログ

通訳と、人生と。

ご挨拶

スピーチやご挨拶等を逐次通訳ですることがあります。

国内外企業、国内外政府、と様々です。

通訳うんぬんよりも、もしかしたら好き、嫌いが分かれるところかもしれません。

ですが今日は大勢の前でのご挨拶通訳の話です。

 

原稿があろうとも、なくとも、私は最初からノートを取ってその時に出てきた日本語、英語で挨拶をします。原稿がない時は皆おなじ条件ですが、原稿が用意されていた時にどうするか。

原稿を英語に直したものをそのまま読み上げるのは間違いではありません。

ただ、一度やったことがある方は分かると思いますが、紙に書いたものを読みつつ、今話しているように話すのは、無理があります。日本語でムリがあるのだから、英語ではなおさらです。

 

以前『なぜ原稿があるのにノートを取ってたんですか、よかったあと思って普通原稿があったら読むのに』と聞かれたことがあります。

 

 

 

人によって考え方は違うと思いますのであしからず。

 

そもそも英語をつけた原稿を「読む」のは「通訳」ではないんじゃないの?というのが私の考えです。百歩譲って読み上げたとしても、明らかに読んでいる風に見えないように、適度に顔を上げて言えるようにするとか、紙を前方にもってこないでもいいように、記憶してしまうほど練習するとか、努力が必要だろうなと思います。

原稿を渡す側としては、通訳者さんに失敗してほしくないから見せるわけです。読み上げてください、とは言ってません。原稿を頂いたら、むしろハードルが上がったと思わないといけないと思います。渡しているんだから「出来るよね」と。正しい努力をすれば、「ラッキー」です。

 

そして、原稿にそって訳した英語を読み上げる場合、スピーカーがずっと原稿を読む保証はありません。「読めばいい」と思っているマインドに突然「通訳」はきついです。どこから原稿から外れて、どうつながっていたのか、2秒ほど慌てます。

 

それから何よりも読み上げている挨拶には、心に響くものがどうしても少なくなります。結婚式の新郎挨拶でスピーチに立った方が原稿を持ってたら興ざめです。おめでとう、という気持ちが、色々思い出しながら訥々と話しても、その場で出てきた言葉で伝わるから感動するのです。