通訳者Mのブログ

通訳と、人生と。

ウェイトをどこに置くか

仕事にとにかく入ることで通訳が上手くなる、と思う人もいれば、

仕事にとにかく入ることで自分が忙しくて稼がせて頂いているけど根本的なスキルとしては変わらないと思う人もいます。

 先日もある先輩とお仕事の際にそんな話になりました。

 

仕事に入るときには現場の人たちがどんなことを話しそうか、どんな背景知識を入れておいたら発言の予測が立てやすいか、考えます。クライアントと同じ知識レベルに到達するのは無理でも、出来るだけ彼らの土壌に足を漬け込んでみて、どんな風景が見えるのかを調べたり、聴いたり、します。そうして知識武装したうえで仕事には臨みます。資料だけを読むだけでパンパンな仕事もありますが、資料に書いてあることだけを読んでいても、不十分な気がしています。

 

通訳学校の授業で次週の教材の単語リストをもらって埋めて、さあ次週の授業ではどのくらい出来るだろうか?進級がこのままで出来るか?と考えているのでは不十分だと思います。目隠しされた状態で、つまり全体像がわからない状態で大抵、授業の単語リストも、クライアントの資料も頂きます。目隠しされてどのくらい通訳出来るか、ではなくて、そこからどのくらい視界良好なところまで持っていくか、も通訳の実力に含まれると私は思っています。

 

次週用の単語リストに茂木大臣、USTR、多角的貿易体制、ウルグアイ・ラウンドと出てきたら、調べる・予測できることは山ほどあります。TPPが載っていなくてもこの単語の羅列で出ることは容易に想像出来ます。そしてそれぞれの単語が意味することや、それぞれの歴史、交渉過程、日本政府が推進してきた方向性はどのようなものか、などなどキリがありません。その背景を知ったうえで使われそうな単語を書き出してみたり、関係ありそうなYoutubeを聞いてみたりします。

 

仕事も実際は同じことです。「クライアントが1枚しか資料をくれないから情報量が少なく準備がいまいち、だから出来が悪い」のはクライアントのせいだけではありません。頂いた資料から、見えないところまで推測して準備するのもとても大事なことだと思います。

 

そうして知識武装して、持てうる英語力、日本語力を駆使して仕事が完了します。

 

仕事を繰り返していて通訳には慣れますが、正直、面積の変わらない自分の知っている英語というプールをぐるぐる泳いでいる感覚です。日本語を聞いて英語にしようと思った時に引き出しにはこれまで自分が詰め込んできた英語しかないです。

 

根本的に英語力を上げていく、過去1年とは違う英語力にあげていく、となると自主トレが欠かせないんだと最近改めて思いました。ベテランと言われるまでになれば別だと思いますが、私の感覚ではトレーニングありきの現場、です。通訳として仕事を始めるとカレンダーは埋まってきますがあくまでもトレーニングが主で仕事が副。平日5日間稼働でも、感覚的にトレーニングが主。

 

本当にバタバタしていて逆の時期、「自転車操業」の時期もありました。仕事には特に支障はなかったです。

ただ、自分の英語センスが光らなくなる感覚です。無理やり日本語から英語に訳させられている感覚。自分が相手の意図を理解しながら英語を「話して」いる感覚が薄らぐというのでしょうか。ネイティブだったらこう話すだろう、のセンスが薄らいで、日本人Mが「訳している」状態になる感覚。

 

だからトレーニングを主にして、自分の英語感覚を維持・向上させつつ、かたわらで仕事をする感覚。そうでないとひたすらラット状態で、自分の英語を磨いている余裕が意外とないのです。

それでもそのまま仕事を続けていって、仕事の格が変わっていく人もいるのだろうし、トレーニングなんてしなくても輝いている人はたくさんいると思うので、正解はありません。