通訳者Mのブログ

通訳と、人生と。

be a yesman when you are nobody

録音機を使い始めたのはいつ頃だったか覚えていませんが、今ではとても大事なツールになっています。自分の音声を録ることがメインですが、ダンスレッスンや専門家の話を聴く際に、細かいところを覚えておけないので愛用しています。

 

 

フラメンコの初心者というのは忍耐が、ガッツが必要です。手取り足取り教わるものではなく、上級者に混じっていきなり踊ります。難しいの域を超えています。基本的な動きを教わる時間もないわけではありません。が、分からないところを立ち止まって「分からないから今のステップをもう一度見せてください」と言う暇はありません。しかし先生はそのかじりつきを見ているのです。レッスンにお金を払ってきているのだから、自ら身体を動かして見よう見真似で踊って身に着けて帰る。初心者レベルのことをやってくれないと嘆くのではなくて、不貞腐れるのではなくて、まずは真似を真剣にしてみる。一流の先生というのは、今は言われていることの重要性が分からなくても素直にとりあえず受け入れてハイとやってみる気概があるヤツかどうかを見るものだと通訳学校以来、久しぶりに感じました。踊れなくても目をかけてもらえます。

 

 

 

 

 

 

先日録音機をいじっていて、偶然2年半ほど前の音声を聞きました。師匠とのやり取りでした。

 

聞いていて私の質問や応答が師匠のレベルに合っていないことが分かります。当時の私は「なぜこの訳になるのか」「そのフレーズは日本語のどの部分を言ってるんですか」。

 

いや、通訳するってそういうことじゃないんだよね。と当時の自分に対して思いました。そして師匠の常識レベルと、当時の私のそれを消化するレベルの差が大きいことに気づきます。

 

ここで大事なのは、先生と生徒だからそれは差があって当然だね、で終わらないことです。

 

学校に通っていて、何かを他人から教わっていて、しっくりこないぞと思ったら、それは自分のレベルが低すぎて理解出来ないのだと気づくことです。そこがまず始まりです。

「これじゃいけないんですか」「こういう言い方ではまずいですか」「その訳でないといけないですか」私も通訳学校に通って他の生徒と座っていたのでこうした質問があったのを覚えています。

教わっているのだから、教えている人と同じレベルにいるわけがありません。自分に分かる説明をしてくれ、納得させてくれ、は生徒が出直さないといけません。

 

音声「本日はAプロジェクトの進捗をご説明いたします」

生徒「Today I will explain some progress of A project」

 

先生からちょっとイマイチ、と言われてカチンとする方が間違っています。全部の日本語を英語にしているじゃないか、と反論することも間違っています。

 

英語が母国語の人はこんな話し方をしないからです。

教わる段階の時にはそれが分かりません。

文字通りに訳していて何が悪い?と居直っていては、いつまでも教える人の領域に入れないのです。なぜいけないのかその時には分からなくても、先生の訳がまず出るようにします。ここが大前提です。

 

器が小さい時に器が大きい人の話は飲み込めないのが普通です。

ならば器が大きい人の真似をとにかくして、レベルをあげることです。

そうすると先生が指摘したイマイチだね、が分かる日が来るのです。