通訳者Mのブログ

通訳と、人生と。

足をしっかり動かせば補助輪なしの自転車の方が気持ちいい。

通訳にもいろいろあります。色々な分け方があります。

たとえば

 

原稿やパワポ資料に沿って読み上げるタイプ。

フリートークタイプ。

 

読み上げタイプは、手元に原稿があれば無難な仕事になります。聞きながらも、読めばいい無難なタイプです。原稿がない読み上げタイプの仕事もありますが、フルに知識武装して挑まないと玉砕します。

 

仕事なので面白い、面白くないを語っても仕方ないのですが、

フリートークタイプはやりがいがありますし、意外とやりやすいです。聞きながら話すという同時通訳オリジナルの形式に近くて、スリルがあります。でもスピーカーも考えながら話しているので、短文をたくさん作ってポンポンだしやすいタイプです。

 

不思議と聞いている方としても、読み上げのものをそのまま通訳者が翻訳しながら読んでいるよりも、フリーで理解したかたまりを違う言語に出していった方が、聴きやすいです。

 

 

翻訳すると、文章は自然に複雑になります。

通訳とはクオリティが異なります。通訳する時に翻訳したものを読んでいると、何かを見て読んでいる違和感があります。

 

Youtubeの同時通訳を何本か日本語、英語どちらも聞くと分かりますが、通訳者が原稿を読み上げている場合は非常に落ち着いたトーンで、まだスピーカーが言っていない文言も(原稿に従って言うと分かっているので)発話しています。かと思いきや、同じビデオの交代したもう一方の通訳者は、原稿を見て話すスピーカーに対してフリートーク的な訳し方、つまり通常の同時通訳をやっています。ライブ感があります。

 

 

 

耳で聴くのと、目で追うのと、求めるクオリティの種類とレベルは違う気がしています。耳では、基本的に戻れないので平易にすっと理解出来るものでないとストレスです。目で追う場合にも基本は戻って読みませんが、スピードを調節出来ますし、文語体に求めるレベルは口語とは違いますよね。

 

 

 

翻って自分の仕事の時にはどうだろうか、ということです。

この原稿に沿ってやる予定です、とパワポ資料のノート等ご親切に下さるクライアントもいらっしゃいます。その原稿にベタ訳を付けて100%信じて読んでいると、スピーカーが一部を変更したり、途中で挿入した時に、自分の首を絞めます。でも原稿の内容を頭に入れて、こんな訳をつけようかと考えておいた上で、フリーで通訳するとうまくいったりします。それは内容を分かっているから先の予測もしやすい為だと思います。通訳者が手元の資料に目を落としてプレゼン通訳をしていたら、伝わるものが半減します。スピーチも、プレゼンテーションも、聴いている人を惹きつける内容だけでなくて、印象も含めて良し悪しを感じるわけです。

 

 

 

通訳の仕事は、一方が言っていることを、もう一方に分かってもらうこと。一方がA言語で話していることを、もう一方がAを話せたら理解したであろうレベルで、伝えること。その中には事実だけでなくて、ニュアンスや、そのスピーカーの話し方から感じる空気感も含まれます。

 

 

聞いている人の耳にとにかく情報が漏れなく入ればよし、ということではないのです。