通訳者Mのブログ

通訳と、人生と。

糸をたるませるのはベッドにはいってからでちょうどいい。よく眠れる。

自分でも自分が理解出来ないことは、まだある

 

昔っから分かっている部分もあれば、最近になって気づいた部分もある

自分を一番見えないのは自分だから

 

最近になってやっと確信したのは、自分が置かれている環境に対して、いつもはりあっていること

 

 

そっちがそう来るなら、こっちだって

 

そんな感じ

 

 

水がなくなれば、『なくても大丈夫』と強がる(しかない)

 

長時間立ちで辛くなってきても、『時間ばかり気にしてるから辛いんだ』と思ってみたり

 

通訳として入る会議に帰国子女や、英語が堪能な参加者がいれば、『細かくチェックしたいだけすればいいじゃない』と思ってしまうし

逐次通訳でスピーカーがとまらなくても止めたくない(本当はそんな賭け事みたいなことはしてはいけない)『話したいだけ話せばいいけど、そのぶんこっちもその長さで通訳しますから』と思う

(これは、そろそろ改めようと思う

あまりにも元のスピーカーと通訳とそれぞれ長いと空気がダレるから)

 

スピーカーが速く話せば(もう分かると思いますが)『こっちだって』となってしまう

もちろん聴いている人のことを考えるのは当然の話だけど

 

 

大学卒業してしばらくは負けず嫌いだったけど、最近他人と張り合うことはなくなってきた

第一その競り合うことになんの意味があるのか、と思うようになった(歳を重ねるとそうなるのかもしれない)

 

環境に対して「あぁもうだめ」となってしまったら、バイタリティ低下し、免疫力落ち、調子が悪くなる。環境に左右されると、痛い目にあうのは自分だから、自分しか頼れる人がいないこの職業について、環境に張り合うようになったのかもしれない


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