通訳者Mのブログ

通訳と、人生と。

通訳をやめる日

数年ぶりに同時通訳を聴く側にまわりました。とても新鮮。Q&Aで挙手し「the woman standing in a white jacket」と指してもらえる嬉しさも初めて味わってきました。

改めてA言語のニュアンスをそのままB言語に反映するのって難しいなぁーと思いました。

 

 

自分のやっている同時通訳は自己満足で終わっていないか?常に反省です。

 

 

どうせやるんなら、その人が日本語を、英語を話しているみたいに毎回通訳したい。私にとっては、それこそがこの仕事の難しいところであり、面白いところでもあって通訳をしてお金を頂くようになってからずっと大切にしてきたつもりです。

 

伝わってくる内容を違う言語でとにかく伝える、というのはある程度のレベルまでスキルを磨いていけば、通訳者です、と名乗っている人であれば出来ることだろう、と思います。でもそこを目指せばいいだけなら、そもそも数十年キャリア追求する意味があるのかさえ考えてしまうほどです。それは誰も通訳者と話がしたいのではなくて、目の前にいる人と分かりあいたいんですよね。そこは忘れたくありません。

 

本人が話しているみたいに、というのは英語なり、日本語なり、出来ないことではないと思ってます。社内通訳者だった頃、Aさん本人が日本語を話しているみたいだった、と言われて嬉しい反面、フリーランスになって毎回違う人の通訳をやるようになったら、出来ないんじゃないか?といつも思っていたし、Aさんとは同じ会社で顔を合わせて話すわけだから出来てしまって当然だろうな、と。実際、フリーランスになってからは話している本人とのsync感は少なくなりました。

 

 

 

もうフリーランスになってから反省、自戒、自責の念のオンパレードですが、自分に甘くてクライアントからお叱り頂くよりかはマシだと思うし、自分ワールドでは矢印は内向きでちょうどよくて。内向き、と思っていても自分は可愛いから「ここうまく訳せた」とか「また呼んで頂けた」とか「スムーズだったんじゃない?!」とか、放っておいても自分のどこかに褒めてくれる悪魔はいるんです。

 

常に反省しつつ、励ましつつです、ほんとに。

私の頭に天使と悪魔が共存しなくなる日が来たら、その日が通訳を辞める日かもしれません。