通訳者Mのブログ

通訳と、人生と。

イヤホンの向こう側に

そう、音楽と記憶は深く結びついている

 

ある曲を聴くと一日同時通訳で冷たいビルに缶詰になった昼休みのことを思い出す

冷房のややかかったこの人工的な空間から抜け出したくて、外に出た瞬間足元に吹いてきたやや生温かい風とこの曲のコンボ

 

 

ある曲を聴くとコーヒーカップを挟んで21st of Septemberはこれから忘れないねと会話したことを思い出して、忘れない、なんてことはあり得ないとchillyな自分がいる

 

一連の事件があって(そしてあまり意味もなくアカウント保持していた)Facebookはもう離れたのだけれど、あるときDo you remember the 21st of September?とその人がFacebook上でつぶやいてその曲を載せていた

5年以上も前でも、曲がきっかけで思い出すこともある

 

 

ある曲を聴くと、あの変な感覚を思い出す

あるグループに属して仕事をしている嬉しい感覚と、ドアを開けて明治通りの涼しい風が後ろから吹くのを感じた時の「それは違うんだよな」という感覚。寂しいような、帰りたくないような、それは間違っているような、次の朝が待ち遠しいような、そんなことを思っているとバレたらいけないような。始まった生活に初めから終わりが見えているような社内通訳者の時代。

 

 

ある曲を聴くと、こうして離れていてもどんな気持ちで聴いているか手に取って分かるくらい一緒に静かに感動した時を思い出す。こういう時は音楽が心の琴線に触れるねとお互いパソコン越しにその感動を共有したときを思い出す。私は通訳訓練の合間に、あなたはたぶん仕事の合間だったのでしょうね。

 

 

 

 

通訳に向かう時も、散歩も、電車に乗るときも、旅行も、離陸前も、新幹線も、私は一時たりともイヤホンを手放したことはなくて。寝れない時も自分の通訳した録音音声を聞いていると下手だ、とかここはこうした方がいいだろうなんて思っているうちに眠れたりするし、朝BBCのWorld Newsで脳が起きるし、出張先のホテルで静かすぎて怖いときはボサノヴァをかけたり。何も考えたくないとき、勢いを出したいとき、集中したいとき、ルーティーンソングがある。

いずれにしろ、イヤホンがあれば通訳の訓練は出来るし、好きな音が聴けて自分モードに入れる。

 

 

イヤホンは、私とそれからイヤホンの向こう側の世界をつないでくれる大事な相棒です