通訳者Mのブログ

通訳と、人生と。

通訳と聖書

通訳をする上で聖書の内容を一通り知るくらいはやらにゃいかんと冷や汗をかきながら思ったことは一度ではありません。

 

ダビデゴリアテは思い出せるだけでもこの1年間で3回はあります。

ノアの箱舟に出てくるolive branchのくだりは北朝鮮の姿勢がこの数か月間変わり始めてから新聞やテレビでは頻繁に見かけるようになりました。

創世記やスケープゴートはそのまま単語レベルで出てきました。

 

気取って四字熟語、ここでことわざを一つ、と使う日本人の感覚とはまた少し違うんだと思います。わたしたちが幼い時によく読んだ昔話を比喩で話す感覚の方が近いんだと思います。

 

知っていれば『ああ、あのこと』となることも、知らなければクエスチョンマークで、前後の文脈から取れれば通訳出来ることもあります。でもたとえばダビデゴリアテという日本語訳を知らないとDavid and Goliathという全く違った発音のものからきっと通訳出来ないと思うのです。

 

しかも一度だけ見て理解したところで、自分にとって重要だと脳が判断しなければまた忘れるのが悲しいところです。そのあたりは諦めつつも、悩みにしないで繰り返すだけですね。