通訳者Mのブログ

通訳と、人生と。

確かに言えること

そして、2018年1月8日。

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2009年 大学の英会話を始める。日本人講師が来ると思っていた私はカリフォルニアから来た本物の外国人を見てブルブルなる。Nice to meet you で精いっぱいだった。

 

2011年 大学卒業。東日本大震災の影響で卒業式はなし。就活生になりたくなくて、無理やり目標を見つけ、法律専門学校に通い、試験を受ける。落ちる。2回目に挑戦しようとしたところで、向いていないことに気づく。今でも覚えている、周りが六法全書とテキストを高く積みあげて授業まで必死に勉強していた。先生が後ろから入ってくる。「こんなところにいたくない、なんか違う」と思って急いでテキストを抱えて教室をダッシュで出る。事務員ににらまれる。渋谷の坂を泣いて走ったこと、そんなこともあった。

 

2012年 配達アルバイトをホテルで続けながら、何がしたいのかグルグル考える日々。「そういえば英語やってたな」キオスクでThe Japan Timesを買って電車で広げてみるものの、全然読めない。けど、翌日も、そして次の日も、買わずにはいられなくて買った。そこに載っていたNPOのボランティアに参加。そこの事務職員に来ないかと誘われ、働き始める。半年で辞める。また、配達アルバイトに戻る。「何してんだろうか」ひそかに英語の勉強を続けていたからTOEIC900はあった。900あればスクリーニングかけて時給のいいアルバイトあるだろう、と探したらIMF世銀総会のOAヘルプデスクに1か月勤務。世界銀行、各国代表団と日々接し「やっぱり英語で仕事したいな」に確信を持つ。「どうせなら究めたいな」リサーチし、通訳という道もあるのかあ、と知る。この頃、TOEIC900で英会話講師になれそうなことを知る。

この秋インタースクール(当時)英語専修Ⅳ入学。

 

2013年 英会話学校の仕事が忙しい。通訳学校も楽しいし、5月には会議通訳コースに上がる。「通訳コースって、通訳に本気でなる気はないんだけど笑」と思いながら通う。この時に今の師匠に代講で会っていた。この秋に本科Ⅰへ進級。人が多くて萎える。世界銀行で懇意にしていた方から影響を強く受けていて、アフリカの女性や子供への教育機会について勉強し始めていた。大学院リサーチし始め、大学へ成績表も取りに行ったり、図書館へ通っていた。国連職員や外務省へ入ることも考え始めていた。通訳学校には通っていたが、予習復習ノータッチ。

 

2014年 やる気がないのに春の本科Ⅰにまた申し込む。またノータッチ。秋の本科Ⅰにも申し込む。(やる気ないのにいったいなぜ通い続けていたのか不明。たぶん英語が好きだったんでしょう)この冬に「NHKプロフェッショナル仕事の流儀 #会議通訳者」を見て、「やっぱり通訳者目指してみようかな」と、やっと思う。本科Ⅰの途中から1年ぶりに真剣になって予習復習、自主練を始める。

 

2015年 2月今の師匠に呼び出される(ああどこかで見たぞこの人、だった)一言でまとめると「本気でプロになる気はあるか」を遠回しに聞かれていた。5月から(当時)プロ準備科に通い始める。同時通訳を初めてやる。教材は安倍総理大臣の記者会見の同時通訳という、当時の私にとっては雲の上のまた更にその上のような話。

 

この1年間は、過去の数年はいったいなんだったのかというくらい勉強した。勉強しては打ちひしがれ、とりあえず師匠のコピーをする毎日。訓練訓練の日々。自分の体を自分の意志で動かしてはいるけど自分ではないような、自分のはるか上のレベルをなんとかやっている、そんな毎日だった。

 

2016年 3月アメリカカジュアルファッション大手の通訳トライアルテストに落ちる。(やっぱりまだ無理だよと思う)同月に世界最大ブランドコンサルティング企業の社内通訳のポジションにつく。秘書と通訳兼任ポジション。容赦ない通訳の需要。初めて「通訳は人に伝える仕事だ」と身体が理解した。かつ、ラッキーだったのはブランドという性質上、私がついていたChief Creative Officerが出ていく会議には大手企業の社長、副社長や執行役員が毎度座っていて、通訳をしっかりせざるを得ない状況が続いていた。

この仕事に追い打ちをかけるように学校ではさらに容赦ない厳しい授業が続く。

来年春にオーディションを受けるように言われる。

 

2017年 4月スクール母体のエージェントのオーディションを受ける。フリーランスになる。

 

フリーランスになってまだ1年もたたない駆け出し。

仕事の量や形態は毎回逐次通訳、難易度は限られるものの、大手上場企業会長、社長や前総理大臣が着席する前で通訳する機会を頂けて、心臓が強くなる。

 

2018年 1月

そして明日、初の同時通訳案件。

 

 

 

 

空港が近所で、スカッとしたい時に必ず来る。

2013年以来、これからの道にもやもや悩んだ時、足を運んできた。

空港で泣いたときもあった。この同じ風景を見て、「なーにやってんだろう」と。

スーツ姿で空港カウンターにチェックインしていくかっこいいビジネスマンを見て、これから私はどうしようと、悩んでいたときのことを本当に、思い出す。

 

 

 

 

その時その時全力でやっていると次につながることは確かで、

自分がウンウン頑張ってもどうにもならない時も確かにあるけど、

全力でやっていないと、神様はウィンクしてくれない。

それだけは確か、だと思います。