通訳者Mのブログ

通訳と、人生と。

先生は引退するまで必要

通訳学校に通っているときは、クラスに出て知らないことを教わって、色々とヒントをも頂いて、コメント頂いて『なるほどー!』で、済んでいました。

 

学校に通わなくなって先生と呼べる人がいない生活になったら、自分が先生役をやるしかありません。

 

何を言っているかというとムチ打つ役も、頑張る役もふたつやって、自分の成長を自分で管理しないといけないということです。

 

 

前回よりどのくらい品質が良くなっているか

(同じところで日本語が突っかかる...)

前回やってこいって言ったリプロダクションちゃんと出来ているか

(先生テーマ慣れないと2文はきついです)

毎日シャドーイングやってるのか?

(やばい、気づいたら3日空いてる...)

まさか毎日日経読まないなんてことはないだろうな?

(またマーケット情報まで行き着きませんでした先生...)

 

 

この評価する、評価される力関係が自分の中で崩れると、なんとなく自分の位置感がわからなくなります。つまり、自分がどのくらいサボっているのか、自分がどのくらい市場から落ちこぼれているのか、わからなくなる感覚です。

 

仕事に行ってその日の仕事がうまく行けば一件落着です。長期的に見て市場が求めるレベルと比較して今どのあたりにいるのかは、仕事中は考える暇がありません。

 

そんなこんなしていて、『あれ、前より出来ないかも』と気づいたときには、維持するには遅すぎるとおもってます。一旦レベルが下がるのは避けられません。これは以前の私個人の経験から感じたことなので人によっては違うかもしれません。『前より出来ないかも』は、すでに下降してからでないと気づけない、とおもってます。