通訳者Mのブログ

通訳と、人生と。

There is always a story to be told.

M先生

 

M先生に10年ぶりに本当に会ってきた。

 

 

開口一番、

 

指輪してんのか?!

 

 

いや、まだです。

10年ぶりに会ってそう来るか、普通?

 

 

 

案の定、通訳をしているといったら

 

ムカつくなー笑

おまえ全然英語できへんかったんやぞ

 

 

相変わらずのM節

 

 

英語センスのかけらもなかったんやぞ、オマエ

そのオマエが通訳やっとるなんて、人間、分からんな

 

 

ほんと、そうですね。

なんであんな英文読解に苦しんでいた私が通訳やってるんだか、

私もわかりません。

気づいたら、好きだった。

気づいたら、恋していて。

 

 

 

ちゃんと真面目にやれよ

 

 

もう高校生じゃないんだから。とか思いつつ、

当時お世話になった担任と、M先生になじられると

もう気分は高校生になっていた。

 

 

いつしか頼る先生や担任はいなくなり、

枠があってないような大学生活に放り込まれ、

アルバイトを経験し、

社会の大人と触れ合い、

転職をし、

恋をした。

 

 

通訳学校で久しぶりに、この人の背中を見て歩けばいいんだね、と思える人と出会い

その出会いで道が創られて、レール敷かれ、電車に乗せられ、気づいたら、今。

 

 

 

 

10年ぶりに会って、フリーで通訳をしている、と

仕事帰りのスーツにヒールで立っていれば、

高校卒業して、まあそういう道に進もうと自ら決めて脇目も振らず勉強し、

とりあえず難なくエージェント登録し、頼んでもないのに降って来る仕事をとりあえずやってるんです、

先生たちにはそう見えていた。

 

 

久しぶりに会って、それなりに体裁整って出てきたら、元からそういうことになっていたんだ、と思ってしまうかもね。

 

そんなことあるはずなくて。

 

 

いつも話せば長いストーリーがある。

誰の人生にも、話せば長いストーリーがある。

だからこそ、そのストーリーを語れる相手が前にいたら、伝えたいと思うのが人の常でしょうか。

それは国籍関係なく。

そのストーリーはそのストーリーでしか成立しない。

一つのピースが消えたり、歪んだり、間違えば、

私が伝えたいストーリーではなくなる。

 

だから、通訳をする人には、編集権はなく、形のない形をそのまま向こう側へ渡す、責任重大な仕事。

 

 

 

 

 

だけどそれは、話せば長い話だから、

『いや先生、もうやっとの思いでやってますよ~』