通訳者Mのブログ

通訳と、人生と。

One must understand the Scope Of Work.

木村拓哉NHK朝イチに今朝出ていた。家事ながらに聞いていたら、いいことを言っていた、というか彼も他の誰かに言われたようだったけど。

 

おまえが歌っとると思ってるやろ、違うでそれは。聞く人おらんかったら、歌えへんのや。おまえは生かされとるんや。

 

 

通訳者も本当にその通り、というかどの職業もそうよね。需要があって初めて成り立つ。

 

通訳が必要、と思う人がいるから通訳者というポジションがあるから。

 

 

 

通訳学校で、もしくは独学でもよいけれど、どれだけ元の音声リソースに近いか、どこを拾えきれなかったか、どこのニュアンスが出せていないか、そういう指摘が入る。

 

 

ちなみに練習しているときはそのくらい完璧でいいと私は思っている。通訳学校の中には同時通訳8割出せばよいと教えている所もあるようだけど、それは結果論かな、と。本番は緊張やらなんやらで実力の2割減しか出せないだろうから。8割を目指せば6割になってしまうから。

 

 

いい意味での重箱の隅をつつく訓練をしていると、もう片方の言語の訳を、英語であれば日本語を、日本語であれば英語を、静かに切に求めている人がいることを忘れる時がある。

 

常に実験場に立たされているような、試験会場にいる、そんな仕事に感じてしまう。

 

 

自分はまだまだ、と思っていれば思っているほど『私がこんな訳をもう一度同じ時間かけて言わなくったって、どうせ皆分かってるよね』という気分になってしまう。

 

 

でもそれは違う。

通訳を必要とする人がいるから、この仕事は成立する。

 

 

 

それでも『私のこの訳を言わないよりは言った方がいいのかしら...』そのくらいに思うなら(もちろん自分含め)、帰ってからウジウジして反省して対策を立てればいい。聞く人から見たら、通訳者がキャパシティあっぷあっぷでやっているのか、余裕綽々か、どうでもいいこと。どちらにしても通訳者なら両言語100%理解している、と思われているから。

 

 

その100%理解していることは大前提で、『是非私の8割の理解力で理解出来なかったところを聞かせて欲しい。』それが可能だから通訳者にわざわざチープではない額を払うわけです。 

つまり他の人たちなら拾えない残り10%、1%を拾うことを期待されて報酬が出るわけです。

 

だから、

 

はったりでいいとかではないですけど、萎縮して『間違ってたらすいません』ムードを醸し出すのは、通訳者の仕事範囲(スコープオブワーク)には入ってない、ってこと。