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通訳者Mのブログ

通訳と、人生と。

本科Ⅰを3回履修 2013年秋〜2014年秋 

英語歴さかのぼってみています。

前回は2015年から1年間受けたプロ準備科を振り返りました

 

その前。

2012年10月期 英語専修Ⅳ

2013年4月期 準備科

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2013年10月期  本科Ⅰ(やる気なし)

2014年4月期 本科Ⅰ(夏までやる気なし/ 夏からエンジンかかる)

2014年10月期  本科Ⅰ(2017年4月期本科Ⅱ判定)

 

 

こんな感じです。こう改めて見ると本科Ⅰ滞在期間長いですね。本気で勉強し始めたのは本科2014年夏くらいでした。一回目の本科Ⅰ滞在期間中、大学院へ行くことを検討していました。授業物理的には行っていたが何もせず。

 

いろんな本を漁って資料そろえたり、大学で成績表をもらったり。でも通訳学校を辞めようとは思いませんでした。

 

この時に勉強しようと思っていたのがアフリカにおける教育です。貧しい生活をしている子供たちがそのスパイラルから抜け出すには教育が絶対に必要だろうと思っていました。学校を立てたところで授業のシラバスもない、しかるべき先生がいない、農業を手伝わなければならずまず学校に来れない等、背景には様々な事情があって、一筋縄ではいかないところです。

 

今もこの分野には興味があって、本やニュースから情報を得ています。

 

当時、大学院行きはないな、と本当は心では分かっていたハードルが2つあります。

1ーお金の工面。親を説得出来るほどのロジックが私の頭の中にはありませんでした。どんな脈絡で大学院に行って、どんなきっかけでアフリカの子供たちの教育を勉強しようと思ったのか。

 

2−興味はあるけど、そこ止まり。例えばそこまで情熱を注いで、調べものしていて気がついたら時間があっという間に経っていた、ということは一度もありませんでした。比較対象として「英語」とか「通訳」が頭にあったわけではありませんが、「なんか違うな」が拭いきれない感覚。

このおじさまのトークをずっと見ていたことも大きいです。

 

情熱と興味は、ちがうのだ!このおじさまに人生導かれたと言っても過言ではないです。いや、ホントです。(この皮肉たっぷりのおじさまの話し方には惹かれます。面白くて電車では見れません)

Larry Smith: Why you will fail to have a great career | TED Talk | TED.com

 

なんでエンジンがかかったかと言うと見た方も多いと思いますが、「プロフェッショナル仕事の流儀」に出ていた長井鞠子さんの回です。彼女の通訳のスタイルは私がそれまで思っていた、『英語に秀でた人たちが黒子に徹する、ボックスの中にいる通訳』とは全く違いました。

 

「生きている」感覚がすごくしたんです。英語で言えばaliveというんでしょうか。言葉をただ英訳、和訳しているんではないな、と感じたんです。毎回必死に単語帳を作って、そのスピーカーを本当に理解しようと努めて、自分の言葉で話している、全力でやっている彼女を見たら、『こんな職業だったらやってみたい』と思いました。

 

この番組を録画しておいてくれた母親に感謝です。そして通訳の回だよ、と教えてくれた父親にも感謝です。大学院を目指そうとしているけどなんかずれている、と父も母も思っていたんでしょうね。

 

 

エンジンがかかってからの本科Ⅰでは、シャドーイング、逐次練習をやり、英字新聞を読んでいた気がします。授業でやったところを復習しました。教材に関連する下調べもだいぶしました。

 

ただこのときはまだ、話している人の言いたいことをつかんで伝える、が全く出来ていませんでした。それに英語がまだ怖かったです。流れてくる英語が聞き取れなかったらどうしよう、聞き取れないよね?!という気持ちでいっぱいいっぱいでした。物理的に訳しているだけだったので、ネイティブ日本人にも関わらず、私が話す日本語はおかしなぎこちないものばかりでした。

 

苦しかったですね、このときは。

言いたいこと分かっているのに、口を開くと伝わらない日本語になる。

 

それでも形だけは言われている通り、シャドーイングやらディクテーションやらやっていました。ただその人が本当に何を言わんとしているかをつかむ練習は、今思えば一切やっていなかったですね。通訳者になるにはここはかなり重要なポイントだと思います。形だけ英語を追いかけて、やったことに満足していてはいけなかったんですよね。

 

でも内容は取れている、ということで本科Ⅱ判定が出たんでしょう。このときにタイミングよくプロ準備科に入れて頂くことができました。一生懸命やっていれば何でも良い方向に転がる、とは思いませんが、一生懸命やっているところは誰かに必ず見られています。講師とは限りません。今やって今すぐ見てもらえるわけではないかもしれませんが、月単位、年単位でちょっとしたことの積み重ねが形になって出てくることはあると思います。