通訳者Mのブログ

通訳と、人生と。

人の発する言葉の裏には何人もが関わっているから。

通訳者が同席していると

まだ珍しさがあるのか興味がわくのかどこまで出来るか気になるのか

発言前に『通訳者さんこれ分かるかな、◯◯◯』がつくことが今まで数回ありました。

 

 

 

通訳者はSiriではないのに『分かるか言ってみよう』という顔で通訳者を見ても何もメリットはないのに、と思いながら粛々と仕事をします。

 

 

 

通訳学校のどのクラスにいても、先生に当てられて、『げっ、この表現分からない、知らない』ということはあります。仕事でもあるのだから、学校でもあります。学校でもあるのだから、仕事でもあります。

 

 

ここは難しいところなのですが、通訳者は百科事典でも、物知り博士でもないわけなので、知らないことがあって当然です。開き直っているわけではありませんし、『知らないんだからしょうがないでしょー』ってふんぞり返っているわけでは決してありません。勉強し続けなければいけないことは、当たり前の話です。

 

 

その上で、本番で知らないことが出てきた時に、知らないことに慌てるというのは、誰にとってもプラスに働かないと思います。お客様に聞けない距離、状況であれば、その場で ’サラッと’ ベストを尽くします。 

 

 

 

 

人の言葉というのは、その人の生きてきた歴史が全てブレンドされて口から出てきます。

 

今まで経験してきたこと

歴史上の人物の発言

人から、本から、映画から学んだこと

大学で、職場で研鑽してきたもの

旅行先で教えてもらった先人の知恵、ことわざ

一時流行ったもの

その時代を特徴づけるもの

 

 

だからこそ人と話すことは楽しい。言葉遣いや、話し方、語彙で、その人はどんな足取りで今まで生きてきたのか垣間見ることが出来る気がするのです。その知ることに終わりはないから、楽しい。

 

 

だからこそ人が話す言葉を分からなかったらどうしよう、と身構えるのはちょっと違う。通訳者として知らなければいけないある程度の線はあると思いますから、常に研鑽を怠らないこと。そして自分に分からないことがあって当然で、知らないことはその日から覚えよう、という謙虚な気持ちを忘れないこと。