通訳者Mのブログ

通訳と、人生と。

1年間振り返ってみます 2

前回のブログではこの会社に入ってから1年間の振り返りを始めました。

この1年間で学んできたこと。

 

自分の通訳を聞き信じて、次のアクション、次の発言へつなげる人がいる怖さ。

伝言ゲームで正しく伝えないとそこからおかしな流れになる。通訳も同じこと。

 

「Aに関してはまだ握りきれておらず」と私が言えば「それであれば」という流れに。

 

『Aに関してはまだ握りきれておらず』という前提が間違っていた場合、、、と毎度毎度仮説を立てて会話する人はいません。なので一度道を間違えたら、その『お互いがそうであろうと思う間違えたところ』まで引き返すのは至難の技です。同じ言語でやっていても難しいです。

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当たり前ですが)これは真剣勝負だ、と。間違えたらいけないのだ、と初めて脳に指令が行きました。

 

これ(この通訳という仕事)は本番であるのと同時に、腕試し試験ではないということ。

学校で訓練だけしている時は、私の通訳を聴くオーディエンスはいません。自分が出来るか出来ないかしか気になりませんでした。大きな声では言えませんがオーディエンスがいる状態で通訳をやったことない人が、仮のオーディエンスを意識して訓練するのは難しい話です。

 

仕事で通訳をするようになると、自分のパフォーマンスが気にならないことはないですが、スピーカーの話を聴いている段階から、通訳を聴く人にアテンションが向くようになります。

 

ー「英語」を聴くのではなく、「この人はいったい何を言いたいの?」を『ああ、それはさ、これこれこういうこと』と口から出す準備をしながら聴くということ。

 

ー自分がまるで最初から話しているかのように。

 

他者から聴いた話を伝えるとき「こうらしいですよ」

他の人の話だし、よく分からないから、、と、トーンがニュートラルになります。

 

自分の思いを伝える「こうなんですよ」

自分が伝えたいことは自分が一番分かっているわけだから、抑揚もつくし、ニュアンスを伝えるためにポーズもある。

 

 

内容によってはこれだ!と取りきれないこともある。たしかに。でも水が板を伝って流れるようにサラサラと伝えたって、伝わるものも伝わらない。

 

私が1年間で学んできたこと、まだつづきます。