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通訳者Mのブログ

通訳と、人生と。

その手にある刃、研がないと。

人生 通訳者をめざして

ブログを書き始めてから1年以上たっていますので、「はてな」から1年前の記事を振り返りませんか、というメールが届きます。

 

そんな暇ないのにって思いつつ、見てしまいます。

 

以前書いたこの記事。 

英語力の向上が出来るのはプロ通訳者になるまで。 - 英語家Mitsukiの通訳ブログ

 

どういうつもりで書いたのか、まったく呆れます。

確かに、フリー通訳者になって仕事が入っていない時間があるときは、勉強しろっていうことなんだろう、とは思いますけども。

 

無知の知とはよく言ったもので、どの道であれ本気でプロを目指す人はこうした心理状態になることあると思います。勉強すればするほど、訓練すればするほど、出来ないことが多いことに気づく。

 

なんだか全体像が見えた、傾向がつかめた、規則が見えた、って思っているうちは、まだ己の勉強が足りていないということだと思います。通訳業界だけではないと思いますが、ここまでいったら完成!はないし、常に分からないことがあって考え続けることこそ健全なのでは?と思います。

 

1年前を振り返って違った考え方が出来て嬉しく思います。何かしらの形で変化しているということだから。

 

 

その上で、英語が通訳者が持つことを許された武器だとすれば、常にその刃は研いでおかなければなりません。必要に迫られた時に錆が入った刃では刺せません。常に緊張して研ぎ続かなければなりません。

 

私のコーチは10年業界で生き延びて一人前だ、と以前語っていました。 

 

ここからは上の発言から逆算しての私の仮説ですが、フリーの通訳者になることは幼稚園に入りましたね、くらい初歩的なこと。1年、3年、8年そして10年生き延びてやっと、プロとしてスタートラインに立つ。そこまで努力するのは当たり前。そしてスタートラインに立てる人はみんな努力するから、スタートラインに立ってからも努力するだけではもちろん差別化にならないでしょうね。だから昨日の記事にも書いたように、幼稚園生の頃から頭を使って訓練しないといけません。ゼロよりはマシの才能と、これまでの運と、素晴らしい講師に巡り合えたことに甘んじていては、『どうしたらもっとよくなるか?』って頭を使い続けてきた人に追い抜かれるでしょうね。

 

....だとすれば、フリー通訳者になってから10年間は修行の身と一緒、と。刃を研ぐのは当たり前の話だ、と。しかも、刃を研いだ結果、周りと比べてどうかとキョロついている暇はありません。

 

ちょっと気を抜いた瞬間に真後ろ走っていた車に追い越されます。追い越されてからアクセル踏んで、追い越し車線入っても遅い。

 

だから、常に自分との闘いです。  

昨日の自分より、少しでも前進してる?

 

That is only what matters.