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通訳者Mのブログ

通訳と、人生と。

今日一日、情熱で支えられていた部分、ありますか

ちょっとだけ、情熱について語っていいですか。

 

世の中には様々な考え方が混在してますので、お決まり文句ですが言論の自由ということで、読みたい方は読んでください。

 

 

私は情熱がなければ、今も、あとで振り返った時も、何も形にならないと思うんです。

ただ、やったという事実だけ残る。歴史として。

それって、どうなの?楽しいの、一回の人生?って私は思うんですよ。

人生はどうせ最終的に死んでしまうから無駄、って思う人もいれば、修行、って思う人もいます。無駄だと思う人は置いておいて、大抵の人はイイ人生を送りたい、って思うわけですよね。じゃあ、イイ人生ってなんだろう?

 

それって、毎日の一瞬の積み重ねでしか成しえないものだ、って思います。

 

時給1,000円のバイトくんは時給5,000円もらえたらな、

月給29万円の営業さんは月給100万円だったらな、

月給100万円もらってるプロはあー、恋愛したいな、って、

一人ひとりある状況によってコレがあれば幸せ、コレがあればイイ人生なのに、

のコレは違うんです。

 

コレは手に入っても必ず人間は更に次が欲しくなるものだから、イイ人生は手に入らない。じゃあ、なにか。

 

自分の情熱、パッションがこもった何かをやった、その一瞬、その1時間、が積み重なって、振り返った時、意味のある形として残る。情熱も感じずに適当にやるなら、少し立ち止まって考えた方がいい。何も考えずに、惰性でやり過ごすのは簡単ですけどね。

 

今日同僚との会話で海外生活なしになぜ英語がそんなに出来るのか、とびっくりされ、どうやったのか教えてほしい、と。ただ一言で言えば、私の場合英語に対する好き、っていう気持ち、情熱があったから、それにのせられてここまで来た、というのが正直なところ。同僚はびっくりしてましたが、情熱かあ、ちょっと仕事に対するアプローチ考えさせられたわ、と。その彼女の発言に触発され、いまこうして書いているわけです。

ノーベル受賞者も、彫刻家も、パン屋のおばさんも、文筆家も、通訳者も、トップ営業マンも、彼らを支えているのは情熱です。