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通訳者Mのブログ

通訳と、人生と。

通訳学校の門をたたいて3年②ー意識が変わるー

通訳学校の門を叩いて3年①のつづきです。

 

2013年春、準備科。

やれば伸びる、新しい課題が見つかる、勉強する、伸びる

好循環とはこのことでしょうね。そんな半年でした。

この時期に代講でいらっしゃった講師の授業を2回受けました。この男性が今の講師です。

非常に刺激的だったことを覚えています。どんどんチャレンジさせてくれて、出来ないと「違う!」とかぶさるように怒鳴られ、「くっそー!」と必死にかじりついてパフォーマンスをすると嬉しそうにされて、面白い人だなぁ、という印象でした。「メモなんてこのくらいでいいんだよ。できないならリテンションやってごらん、毎日15分、3年間。たまにじゃないよ、毎日を、3年間。わかった?」

この時の出会いで真面目にやってりゃ、2年後お会いした際すでに2年たっていたのに、私は本科Ⅰへ上がった後、海外の大学院に行って勉強したい、という思いが湧き上がって来て、通訳学校に通いながらもほとんど勉強しない日々が1年。

 

ご覧になった方も多いと思いますが、ある日NHKプロフェッショナル仕事の流儀に出ていた同時通訳者の長井鞠子さんの番組を見ました。

この時です。初めて、通訳者になろう!と心から思いました。

人生なにがきっかけになるか分かりませんね。こんなテレビ番組一つで目標が変わってしまって、それだけ大学院で勉強したい、という目標はそれほどのものではなかったんだと思います。

 

そして2014年秋本科Ⅰを週2で通い始め、シャドーイングしクラスの復習を何度もやり、逐次のメモの取り方を何回もやったり、TEDを見て初見の通訳をやりました。クラス内での取り組み方も変わっていったと思います。先生の話す日本語、英語を端から書き取り、次週には必ず覚えて使うようにしていました。またこの頃からデリバリーと呼ばれる、人への伝え方を意識するようになりました。やはり講師も人間ですから、聞きやすい、それっぽいきちんとした訳し方をした方が評価は上がる、と。(正確な訳ができることがまずは前提ですが)それまでは理解中途半端の私が偉そうに訳しちゃいけないんだ、みたいなヘンな謙遜があってあえて直訳のような訳し方をしていました。 

印象で人を判断してはいけない、とよく言われますが、私はある程度印象がすべてを左右すると今思っています。