通訳者Mのブログ

通訳と、人生と。

英語というシステムがわかる

以前にも書いたように私は長い間、英語が読めたらカッコいいなと思っていた。
2年近くキオスクでThe Japan Timesを買っては読みきれずにいたし、プラダを着た悪魔も映画の内容がわかるから、と勢いで買ったはいいが読めず。

もちろん読みきることが新聞や書籍の存在理由ではないから、別に1ページ読んで捨てたってその人の勝手だ。


でも私は読めるようになりたかった。

英和辞書をひいて、英英辞書をひいて、がむしゃらに単語と意味をノートにうつしては、こんなマイナーな単語もう出てくるわけないと自分に突っ込んでいた。でもやらなければますます読めない自分に凹むのみ、と思って淡々といろんなものをこれまでも無理やり読んできた。

The Economist、TIME、Japan News、The N.Y Times、Harvard Business Review、Fortune 500、The Wall Street Journal
そしていくつかの面白くないペンギンリーダーズ

今日、二子玉川のカフェで読書中に気づいた。

二度と出てこないとバカにしてた単語たちは、情景を見事に描写してくれ、いつだか遠い昔に'あの辺'に書き留めた熟語が英語の解釈を2Dから3Dに押し上げてくれる。

私の意見としては、「単語」はわかっても情景が頭の中に3Dにならなければ、本当に理解しているとは言えない。


結論。
塵も積もれば、山となる。