通訳者Mのブログ

通訳と、人生と。

分からないを放置しない

学者先生たちが集まる会議は相当準備が必要になる。その分野において歩く辞書であり、その分野の先も考え、国の方針にさえ影響を与えうるのだから何を言い出すか分からない。中核情報はもちろん、周辺知識まで全ておさえる覚悟での準備が必要になる。

 

それと同じく難しい、かつ冷や汗をかく学者の非公式な集まりや会食。用意のしようがない。話題は多岐にわたる。料理の素材はもちろんのこと、様々な分野の先端を走る人間が国内外の現状について思いついたように気候変動から税制度、皇室、世界経済、お抱えの庭師について(?!)、米国政治まで語る。

 

先日思ったのは、上記はどの会合に、会議に出ても普通に出るトピックであり、通訳者として世界情勢に明るくないといけないなあということ。要するに新聞に書いてあるような普通のことを深浅あれど話しているだけだから、知らない時点で通訳者としては、恥ずかしい。早いうちからアレルギーを感じないよう慣れ親しんでおくことはフリーランス通訳者として、そして目指すのであれば必要かと思う。どんな新聞でも媒体でも構わない。紙でもLINEニュースでも何でもいい。本を読んだっていい。正解はない。

 

気候変動については常に熱い。この話題なら例えば米国がパリ協定から公式脱退表明したこと、ブラジルの森林火災に対する欧州と同国との対立は基本知識だとおもう。米国政治も来年大統領選挙がある故に熱い。候補者は誰か(とそれに付随する大統領弾劾の話題)、彼らの目玉政策は何か程度はおさえておくとこわくない。政治や宗教などはタブーとされているけれど、世界情勢の話になれば今の時期米国政治は避けられないのかもしれない。トランプ大統領がおりれば国際社会のあらゆるところに良くも悪くも影響が出るから。

 

学者先生は皆さん英語を難なくお話しされるが、説明しないと日本人以外には分からない慣習や歴史に関しては通訳を必要とされることがある。今であれば天皇御即位周辺の日本特有の行事やその意味など。

 

大嘗祭、英語でちょっと説明してくれる?とふられることもある。大嘗祭自体は英語で何と言うのか普段から触れていないと出てこないかもしれないが、一度でも調べたり新聞で読んでいればどんな行事か分かって英語で説明できると思う。

 

森羅万象を、、と言ったりするけれど、何でも知らないと、何でもすぐ言えないと、通訳者になれないわけじゃない。けれど今のこの時代を生きている人間の言葉を訳すのだから、現代情勢を知っているのは業務の一部と言えないだろうか。

 

情報を消化して整理し理解するには一夜ではどうにもならない。一日一日の終わりなき積み重ね。

 

だから「なぜだろう」「何だろう?」と思ったそのときに、放置しない、それが積み重なって後に自分を救うことになる。

 

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根詰めた仕事のあとは、休憩♡

 

just be professional

自分は経験が浅いから、業務を始めて間もないから、と前置きをするタクシードライバーに出逢うことがある。乗客としては目的地に到着すれば別に構わないし、特別困ることもない。

 

ただ走り始めてしばらくして思うのは、

 

言う必要あるだろうか?

 

 

 

ベテランです、と言うことによってハードルを上げることはあってもお客様に不安を抱かせることはないが、新人ですと言うことでなにかメリットはあるだろうか。

 

 

新人ですと言われて安心する人は一人もいない。宣言されることで余計不安になるし、言い訳のように聞こえる。

 

 

ドライバーも通訳者も市場に出回り始めたら、他の何年も先に泳いでいるプレーヤーと変わらず良質なサービスを提供しなければならないプロフェッショナルのひとり。そういう覚悟がないからそんな発言が出るのではないだろうか。お客様はベテランか新人かどうか知る必要もない。

 

 

 

まだ日が浅いことを客に知らせてプラスに働くのは、良質なサービスがあったが為にお客様からツッコんできた場合のみ。

バランス 

通訳者でいて一番もどかしさを感じるのは、バランスです。

仕事のための背景や用語の勉強と、通訳単体のトレーニングのバランス。

 

以前も記事にしましたが、通訳者として働いていても腕が上がるわけではありません。試合出場回数が多ければ多いほど腕がある選手であるなら、ルーキーは話になりません。

 

翻訳者と違って自分の出したアウトプットがどうだったか、通訳者は検証出来ません。出した傍から消えていくので常に自分を客観視できるツールやヘルパーを使って検証し、分析し、ノートをとって、改善することが求められます。自分のアウトプットを定期的にチェックしていないと、いつも同じ口癖や間違いを繰り返し、気づかないことは往々にして起こっています。

 

その検証には一定の集中力と時間が必要です。

Todoリストのようにハイ終わったからチェック、というような、やりゃイイものではありません。

 

 

 

検証するには集中力と時間が必要です。

120%準備したうえで、さらにトレーニングへの集中力と時間を確保する。

このバランスが課題です。

in a whirl of changes

 

なんら普段と変わらない通り道。

それだけでホッとします。

常に少しずつ動いて変化しているこの世界で変わらない風景があることは有難いものです。

通訳する相手も常に変わり、通訳する環境も変わります。

 

そんな中で自分にとって変わらない一瞬。

大事にしたいものです。


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2015年春から2016年春強化合宿 5/6

師匠に再会した2015年春から2016年3月の1年間、『死ぬほど勉強したって時期があってもいいだろう』という言葉の通り、通訳トレーニングというより、1年間強化合宿に行っていた感覚に近いです。

 

同時通訳を始めたのも2015年春でした。

初めてイヤホンをつけたら『同時通訳してください』、と。

すみません、同時通訳ってどうやるんですか?という状態。安倍内閣が平和安全法制を閣議決定した直後の記者会見が初の教材でした。

25m平泳ぎでも泳ぎきったことのない学生にオリンピック種目の200mバタフライを泳げというようなものです。

 

この1年間は部屋にこもったあと意識が飛ぶまで勉強していました。

リプロダクションが何度やっても出来ない。一文すら繰り返そうと思うと真っ白になってしまう。

8語遅れのシャドーイングなんて何度やっても出来ない。

 

記憶してでも完璧に出来ることを目指す、そんなことを毎週繰り返していました。授業でやってみると真っ白になってなにも繰り返せないことも何度もありました。繰り返すだけで精一杯なのに日本語にするのはもっと難易度が高く、講師のいう訳を覚えて、口から出せるようにする、その繰り返しでした。

 

日英の通訳を練習開始する前に相当英日トレーニングをしました。どうしようもないレベルの英語でつたない通訳をする前に、high quality英語を仕入れて、それを当たり前にしていく。そういう意図だったと思います。

 

 

英日も笑ってしまうレベルでしたが日英は話にならないレベル。苦しい日々が続きました。よく諦めずに辛抱してくださったと思います。スミマセンでした。笑

 

 

講師の口にしたことを覚えて繰り返すも、自分が何を言っているのか意味不明。そんな毎日でした。

 

会計の基本知識も勉強するよう指導され、書籍を読んでテストするという繰り返しでした。

 

そのうちノートをとってリプロダクションを訓練するようになります。当時『ありえない!』でした。必死に記憶をとどめるのだってやっとなのにノートなんて取り始めたら全部こぼしてしまう!と。しかし、講師のいう通り、『ノートをとりながら一定の長さリプロダクション出来なければ通訳なんて出来ない』のです。

 

ただこの一年、お客さまを前に通訳することは皆無。自分と格闘する1年でした。

そして2016年春から1年間、外資コンサルティング企業で社内通訳者をすることになります。

アイドリングストップの本科Ⅰと師匠との再会 4/6

2013年秋、本科Ⅰにあがります。

実際に通訳することが多くなり、扱うトピックも政治経済で下調べをしていないと聞きとれても何のことを言っているのか分からない、ということが増えました。

 

以前もこのブログで書きましたが、この頃から英会話講師の仕事が本格的になり、かつ大学院へ行くための準備を少しずつ始め、時間が空けば関連する論文や書籍に埋もれて図書館で過ごしていました。英語の勉強はほとんどしない日は1年間、2014年秋くらいまで続きます。その間、英語は好きだったので学校には通い続けました。予習も復習もせず、ひたすら身体だけ通う日々。講師には悪いことをしたと思います。やる気のない生徒を教えるのが一番疲れるからです。義務教育ではないのだからやる気がないなら帰れ、です。当時の先生たち、ごめんなさい!

 

そして2014年秋、NHKプロフェッショナル仕事の流儀に出ていた長井鞠子さんを見て、通訳ってこんなに人に寄り添って準備に、仕事に、全力を注いで、人と人の間に入って、人の代わりに話す、伝えるという『人間味のある』仕事なんだと初めて知りました。通訳学校に通っていても通訳者の仕事風景は見られないので、貴重な瞬間でした。これなら通訳を目指したい、と初めて思ったのが2014年秋。

 

本科Ⅰに相変わらずいた私はそこから勉強に対する態度も生活スタイルも急旋回。講師の日本語訳はみんな書き取り、同じところは確実に出来るように復習し、TEDを聞いて軽くディクテーションなどもしていました。The Economistも辞書片手に読んで、シャドーイングも見よう見まねでやっていました。

 

あの番組を見てから『伝える』を意識し始めてまだ初心者ながらも通訳の仕方が少しずつ変わったことを感じたのもこの頃。それまでは代わって話す、どころか、高校生の和訳作業と同等のことをやっていました。

 

そして学期末、本科Ⅱ進級がくだりました。久しぶりの講師からの高い評価を見て、この調子で頑張ろうと思っていた矢先、‘師匠‘に呼び出されます。

 

再会した時は『昔に会ったことある気がする』くらい、2年間お会いしていませんでした。この時の会話は、師匠は覚えてないと思いますが、昨日のことのように覚えています。

 

通訳者になる覚悟を固めたのがこの2015年2月。

 

人それぞれの人生にターニングポイントがあります。この出来事があったことで今の自分がある、という。この時の再会は私の人生語るとき外せないターニングポイントです。

常にフレッシュな角度で攻めよう

日本語でも飽きられる同じ単語の繰り返し。

 

 

 

通訳は一方の言語を聞きながら、違う言語に切り替えて話しているわけなので、アウトプットのバラエティをつけるのは余計に難しいです。

 

ただその加減もあります。

ネイティブであれば絶対に繰り返さない訳ではないし、ぴったりハマる単語は何度だって使われます。

 

自分で使っていて「飽きるな」という感覚を個人的には大切しています。こういう話題になると自分はいつもこういう文の作り方になるな、この英語がきたら必ずこういう言い回しをするな、という感覚。

 

飽きやすい性格だからか、個人的には同じ文の反復をしている(もう嫌になっちゃうなと)自分にうんざりしたり、使っている単語に飽きたり、その連続なので自分との戦いです。外ではなく、内との闘いです。外とは闘う種の仕事ではないからです。

そのおかげで他のオプションを求めることも飽きず、英語らしい表現が何かを求めるのに終わりはないと感じています。

 

脳内の引き出しからオプションがポンポン出てこないということは意識的なインプットが枯渇しているか、頭がまわっていなくて引き出しに眠っているか、どちらかです。

 

意識的なインプット、アウトプット訓練はだから大事なのです。ただ流れるように文章を読んでいてもアウトプットには繋がりません。

 

you can't pour from an empty cup