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通訳者Mのブログ

通訳と、人生と。

忘れかけてた遠い夢の訪れ


Ride On Time 山下達郎

 

 

羽田空港国際線ターミナルの近くに住んでいます。

 

 

仲良くなった外国人に住むところを聞かれた時の私の定型文です。大学生から変わっていません。話を広げやすく、好きです。

小さい時から昼も夜も飛行機が上空を飛んでいます。最近では就航路線が増え、昼間も様々な航空会社の航空機を見ることが出来ます。

 

それでも飛行機で旅をするというのは、なんだか、素敵なことのように思える。

どこまでも広く続いている空を、太陽に少しでも近く、泳いでいける飛行機はいいな、って今でも思います。

 

 

飛び立つ

 

 

私の好きな響きの言葉です。

飛び立つ人たちがうらやましくて、高校生の頃よく自転車で空港近くまで土手を走りました。行ったところでどうにもならないのだけど。

 

飛び立つその雰囲気に、潔さに魅せられて、そのかっこよさにあやかりたくて。

近くに行けば自分も飛び立てる気がしてたんでしょうね。

次の目的地にみんな視線があっている感じ。

狭い現状にとどまらないで次を目指そうとしている感じ。

広いところに出ていくのを厭わない雰囲気。

 

 

大学生の時には実際に空港でアルバイトもしました。

外国人に話しかけられるのが好きで好きで、困っている人を助けるのが好きなんだ、と思いこんでいましたけど、実際には英語を話すのが楽しかっただけですね。

将来英語を使って飛び立つ雰囲気の仕事をしたい、って思っていました。(なんてあいまいな笑

 

 

 

広いところへ飛び立つ飛行機のように、私も広いところに飛び立ち続けたい。

高校生の時も、今も、その思いは変わりません。

正面に風を受けて、髪をなびかせて、少し上を向いて、少し口角を上げて、いつも。

 

 

高校生の時も、今も、山下達郎Ride on timeが空港行くときのおともです。

これからも飛び立つ時のおともとして、よろしくーっ

人の発する言葉の裏には何人もが関わっているから。

通訳者が同席していると

まだ珍しさがあるのか興味がわくのかどこまで出来るか気になるのか

発言前に『通訳者さんこれ分かるかな、◯◯◯』がつくことが今まで数回ありました。

 

 

 

通訳者はSiriではないのに『分かるか言ってみよう』という顔で通訳者を見ても何もメリットはないのに、と思いながら粛々と仕事をします。

 

 

 

通訳学校のどのクラスにいても、先生に当てられて、『げっ、この表現分からない、知らない』ということはあります。仕事でもあるのだから、学校でもあります。学校でもあるのだから、仕事でもあります。

 

 

ここは難しいところなのですが、通訳者は百科事典でも、物知り博士でもないわけなので、知らないことがあって当然です。開き直っているわけではありませんし、『知らないんだからしょうがないでしょー』ってふんぞり返っているわけでは決してありません。勉強し続けなければいけないことは、当たり前の話です。

 

 

その上で、本番で知らないことが出てきた時に、知らないことに慌てるというのは、誰にとってもプラスに働かないと思います。お客様に聞けない距離、状況であれば、その場で ’サラッと’ ベストを尽くします。 

 

 

 

 

人の言葉というのは、その人の生きてきた歴史が全てブレンドされて口から出てきます。

 

今まで経験してきたこと

歴史上の人物の発言

人から、本から、映画から学んだこと

大学で、職場で研鑽してきたもの

旅行先で教えてもらった先人の知恵、ことわざ

一時流行ったもの

その時代を特徴づけるもの

 

 

だからこそ人と話すことは楽しい。言葉遣いや、話し方、語彙で、その人はどんな足取りで今まで生きてきたのか垣間見ることが出来る気がするのです。その知ることに終わりはないから、楽しい。

 

 

だからこそ人が話す言葉を分からなかったらどうしよう、と身構えるのはちょっと違う。通訳者として知らなければいけないある程度の線はあると思いますから、常に研鑽を怠らないこと。そして自分に分からないことがあって当然で、知らないことはその日から覚えよう、という謙虚な気持ちを忘れないこと。

 

 

1年間振り返ってみます3 ...and dance

ということで最近書き始めた社内通訳者として仕事をし始めて学んだこと

 

 

 

 

に入る前に、社内通訳者であろうがフリーランスであろうが、基本的にやることは同じ。ただ通訳することを仕事にしている人と、そうでない人には、大きな違いがあると思います。リアルとバーチャルは、やはり違うのだ、ということは肌で学んだことの一つです。

 

同時通訳というのは、スピーカーが描いている’今これを伝えている’と思う世界を、聴いている人の頭の中に作り出す作業だ、ということ。

 

同時通訳と言ったのは、逐次通訳であれば時間の余裕があるから上記を行うことは当然のことだから。以前は「スピーカーが表現したことを違う言語でとにかく遅れずに再現すること」と思っていました。実際に本物のオーディエンスと関わるようになって、通訳という作業は「スピーカーが話しながら描いている世界を聴いている人の頭の中にも作り出す」作業だと思うようになりました。

 

え、再現と頭の中にも世界を作り出す、と何が違うの? 

 

いや、同じです。

 

同じなんだけど、やる当人の意識として

 

「この人の言っていることに遅れないように、言っていることを伝えなきゃ」

より

「この人が伝わっているよね、と思って描いている世界を、聴いている人たちの頭の中に作り出さなきゃ」って思う方が、通訳業の本質をついてる気がするのです。そして楽しいのです。

 

 

通訳という作業は結構クリエイティブな作業ではなかろうか、と思うのです。

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これからも同じ作業をしていく中で、新たな発見があると思います。

 

でも一つの企業で一定期間仕事をすると、自信が育つし、余裕ができて新たな挑戦が同じ作業の中に加えることが出来る(例えばもう少し引っ張ったらどうか、とか、もう少しスピーカーと精神的距離を置いてみたらどうか、とか)。

 

終わりは始まりであり、幕を閉じるということではありません。

私にとって幕を閉じるのは死ぬ時だけです。

 

 

You dance. 

You hop, turn, bend and reach your arm further than you think you can. 

Everything will halt when the time comes. No worries. 

morning

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白い、薄い朝の空気が流れる明治通りを横目に、クロワッサンとカプチーノ、ジャズで過ごす朝。



コーヒーカップがぶつかりあう音
水をコップに注ぐ音
隣でページがめくれる音


そうして朝が静かに目を覚ます
静かに朝が木の扉からすり抜け出ていく


いつものヒールに、雑誌とカプチーノを持って、リップを塗る。今日もわたしらしく、まいりませう。    

1年間振り返ってみます 2

前回のブログではこの会社に入ってから1年間の振り返りを始めました。

この1年間で学んできたこと。

 

自分の通訳を聞き信じて、次のアクション、次の発言へつなげる人がいる怖さ。

伝言ゲームで正しく伝えないとそこからおかしな流れになる。通訳も同じこと。

 

「Aに関してはまだ握りきれておらず」と私が言えば「それであれば」という流れに。

 

『Aに関してはまだ握りきれておらず』という前提が間違っていた場合、、、と毎度毎度仮説を立てて会話する人はいません。なので一度道を間違えたら、その『お互いがそうであろうと思う間違えたところ』まで引き返すのは至難の技です。同じ言語でやっていても難しいです。

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当たり前ですが)これは真剣勝負だ、と。間違えたらいけないのだ、と初めて脳に指令が行きました。

 

これ(この通訳という仕事)は本番であるのと同時に、腕試し試験ではないということ。

学校で訓練だけしている時は、私の通訳を聴くオーディエンスはいません。自分が出来るか出来ないかしか気になりませんでした。大きな声では言えませんがオーディエンスがいる状態で通訳をやったことない人が、仮のオーディエンスを意識して訓練するのは難しい話です。

 

仕事で通訳をするようになると、自分のパフォーマンスが気にならないことはないですが、スピーカーの話を聴いている段階から、通訳を聴く人にアテンションが向くようになります。

 

ー「英語」を聴くのではなく、「この人はいったい何を言いたいの?」を『ああ、それはさ、これこれこういうこと』と口から出す準備をしながら聴くということ。

 

ー自分がまるで最初から話しているかのように。

 

他者から聴いた話を伝えるとき「こうらしいですよ」

他の人の話だし、よく分からないから、、と、トーンがニュートラルになります。

 

自分の思いを伝える「こうなんですよ」

自分が伝えたいことは自分が一番分かっているわけだから、抑揚もつくし、ニュアンスを伝えるためにポーズもある。

 

 

内容によってはこれだ!と取りきれないこともある。たしかに。でも水が板を伝って流れるようにサラサラと伝えたって、伝わるものも伝わらない。

 

私が1年間で学んできたこと、まだつづきます。

1年間振り返ってみます

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この会社に来てもうすぐ1年。

3月。

肌寒く、雨が降る中歩いていると初日のことを思い出します。

 

3月、4月ものすごく緊張していたこと。

通訳を仕事にして毎日働くなんて出来るのか、心がもつのかどうか、

未知数のことが多すぎて毎日不安で会社に来ていたこと。

今日出来なかったらもう来なくていいって言われたらどうしようと思っていたこと。

 

 

それまで逐次通訳も同時通訳も、学校の守られた空間の中でやってきたことだったから、本当に自分が合っていることを通訳しているのかどうか、正直そんなこと考えたこともなかった。(あぶないあぶない

 

1ヶ月も経つと、地に足がつくようになって。

周りの景色がちゃんとカラーで見えるようになって。それまではあまりにも自分のことだけで精一杯だったから足を踏み出す3歩くらい先までしか見えてなかった。

 

 

1ヶ月くらいしてやっと

これは本番なんだ、って思いました。(おそっ

 

実際には1週間くらいしてから、私が通訳するのを聞いてノートを取っている人たちを見て、「え、大丈夫かな」とか思っていました。(無責任すぎる笑)

 

 

それから1年間OJT(オンザジョブトレーニング)状態。

学校では学べないことを学べました。

 

いくつか拾ってみます。

 

つづく

Don't get busy in looking inward

社内通訳者をしています
コンサルティング会社であるため様々な業界をのぞくことが出来ます。

明日は大手金融機関へ。


上場企業の経営層がクライアントとして向こう側に座ることが多いお仕事のため、毎回それなりに緊張します。


フリーランスと比べたら緊張感はもちろん違うでしょうね。社内通訳者としてある程度、ステータスが担保されています。


まあただ、
学校で初見の教材を録音するときも、クライアント前で通訳するときも、緊張はしますが、

うっしゃ、やってやろう、って腕まくりしたくなる気分です。たぶん嫌いじゃないんでしょうね。


もちろん仕事は力試しではありませんので、形にしなくてはいけないし、会話を成立させなくてはいけません。




緊張するときは私の場合、自分に意識が向きすぎている時なんです。


どんなときも、聴いている人へ集中すること。


通訳者がいなくてもその言語を話せていたらこう伝えていただろうな、を再現するのが仕事だからね。