通訳者Mのブログ

通訳と、人生と。

最終回です。有難うございました。

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Alright, let's wind it up. I'm about to close a chapter. And it has led me to make my mind that this blog being would be over. I know. I had sworn that I would close the blog a thousand times. But this time I do it for real. 

Thank you so much for coming along with this journey with me. 

 

It has been absolutely exciting and entertaining to face the blog platform and communicate with you all out there. Being on the platform has always rendered it possible to identify opportunities to grow and improve or sometimes presented solutions for me to be a better interepreter just because I have wanted to share them with you. But importantly, it's not going to end. It must continue. 

 

So why is it over?

Well, I now must be a more focused and introspective analyst of myself. Some of the analyses would be irrelevant for you. 

For several reasons.

But one thing clear to me is that there is NO single answer. Not a single argument should never be an one-size-fits-all answer.

 

What's more, I feel the inner environment that I wake up to every morning and breathe as an interpreter is about to chage

Time to wake up and dare to go experience two or three or whatever that may be inches higher. It takes a focus. This is it

 

Let me say this one more time. Thank you. Thank you for being there and browsing the blog while perhaps lying on bed, on commute, lunch break or maybe on a train back from schools or work where you felt devastated and being desperate to seek a silver lining or some lights at the end of a tunnel. I've been there. I got you. You will be introduced to a beautiful landscape as far as you think and act on it. 

Don't just do it. 

Think why your teachers said so.

Think why you skipped that part.

Think for what you practice it.

Think why things had paid off yesterday and you failed today.

 

 

Alright then, time to go back to my work. 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2015年5月にこのブログを丸の内のあるカフェで始めました。知っている方は耳にタコかもしれませんが失恋がきっかけです。

通訳のつの字も知らない27歳でした。

あれから約5年。

通訳という世界を通して、英語を知りました。

通訳という世界を通して、ビジネスを知り、政治を知り、歴史を知り、世界を教わってきました。ここからさらにどんな方々に、どんな世界に触れることが出来るかを考えると楽しみです。

27歳の私が知らなかったことはたくさんあります。

5年経ってあの頃の私に言いたいことがあります。

 

伝えたいという想いの力。

 

営業マンが、首相が、新卒が、大統領が、機械工が、誰が前に座ろうが、伝えたい想いがほど良い緊張と共に集中させてくれる。100%でやったのに伝えられなかった悔しさで次への努力につながる。

 

そして通訳者として成長し続けたいなら、謙虚に妥協しないことを自分には伝えたい。もう今更このスタイルは変えられない、記憶力はもう向上しない、この発音はよくならない、この仕事は今問題ないから質を上げても仕方がない。サボりだしたらきりがありません。通訳者でいる限り、自分の日本語が、英語が、そのままプライスタグのついた商品だということを忘れてはいけないと思います。

 

ということで、そろそろ本業に専念します。

お読み頂き有難うございました。もしかしたら通勤通学中に、休憩時間に、もしかしたら立ち直れないような授業や仕事の帰りに、答えを見つけようと読んで頂いていたのかもしれません。

暗いトンネルにいる時、自暴自棄になって何をやっても力がつかない気がする時があります。そんなときになんとなく量だけこなすのではなくて、なぜ、の分析が成長の鍵になります。振り返り、分析をし、次の手立てを考えてのみ、成長します。頑張ってください。私も頑張ります。



一流とは相手を思いやれること

あるホテルで開催された会議。すし詰めスケジュールだったのでやっと一息、とラウンジに向かいました。時間がないのでカプチーノを温めにお願いしたら、一瞬困らせてしまったようでしたが、席で本を読んでいたら無事に温めのカプチーノが出てきました。

 

カプチーノは美味しく、ラウンジも日光が差し込んで高い天井の下で昼下がりのティータイムを楽しむ方が大勢います。

 

 

世間では一流と呼ばれるホテルだったので、考えさせられました。3つ星ホテルなら考えません。そんなところだろう、で終わりです。

 

今は自動マシーンでない限り大抵どのカフェに行っても牛乳の温度を調整してほしいという注文は笑顔で対応してくださいます。

 

これがソフトの力じゃないかな、と思いました。勉強になりました。翻って自分はどうだろうか、と。

 

批判するのは簡単ですが常に自分はどうだろうか、と考えることで次に繋がります。

 

 

カプチーノは美味しくても、日光が差し込む清々しい設計になっている一流ホテルでも、満足度100%にならない理由はソフトにあるな、と思いました。

 

通訳も同じことだな、と思いました。

一流、一流と目されようが、どれだけ技術があろうが、ソフトの力は侮れません。

giveにgiveを重ねてきた結果、どの企業も、人も、一流というラベルを貼られているんだと思います。

 

一流であると認知されているからgiveを惜しんでいては、今日は良いかもしれませんが、次はありません。

 

本当は通訳が不要なところだけれど急に逐次通訳ではいってほしい、

途中は不要だったけれどもやはり通しで通訳をお願いしたい、

担当者にとってもサプライズだったから資料こそないけれど通訳してもらいたい、

同時通訳でパートナーがうっかり資料を飛ばして持ってきて途中からパニックになってしまってSOSオーラがでているなど、

 

急な事件はいつでもあります。

通訳さんに100%仕事をしやすいように準備したつもりの担当者も、通訳者本人も当日突然ハプニングが起きます。

 

 

そこで前もって言われたこと以外を急に言われても、というスタンスと、

どうしました、やりますよ、というスタンスと。現場にいくと二通り目撃します。

 

どれだけ通訳が上手く問題発生しなくても、そうしたソフトの部分というのは見ている人は見ています。そしてgiveの姿勢がない人に次も是非、とはならないんだろう、とカプチーノの会計をしながら思いました。

イメージ出来るか

最近は仕事の帰りに頑張って目を使わないで目を閉じてAudibleを愛用しています。

 

日本語であれば1.7-8倍で聞いても苦にならず、目よりも多く情報が入ります。

留学しないで「英語の頭」をつくる方法 (中経出版)もAudibleで聞いていたのですが、日本語を介さずに英語で理解する、とは、英語でイメージできる、ということを意味します。聞きながら発見したのは、同時通訳がスムーズに出来るときは、元の言語で考えていません。出す方の言語でイメージができあがっています。

 

上手くいかないときは、理解しようと焦るあまり、緊張するあまりに、と色々あると思いますが、元の言語でイメージを作って考えてしまう。と、いかにも、なダサい訳になってしまう。ダサい訳でも出せば訳である、と、聞こえ方はどうでもいいから訳せればオッケーなのだという主張もありますが、私は避けたい。話した言葉が自分の商品なのだから、ダサいものはお店に並べたくありません。

 

 

 

もとい、イメージを単語に、構文に持てるようになるには英英辞書をひくことなんですよね。見るにもlook, see, watch,と三種類あっても、大きく意味は異なります。見る、だから、三択からなんでもオッケー🎵ということではありません。どの単語にもそれは当てはまります。

 

また、単語の使い方が上手くなるには、一つにはたくさん英語を読むことだとおもいます。単語の使い方が上手い人はコロケーションを正しく使えているということです。だから自然に、上手に聞こえる。コロケーションを正しく使う、これは単語単位で対訳をつけてもなかなか身につくものではないんですよね。

 

塵も積もれば、、と信じて今日も少しだけ前進しましょーう

言葉に固執しない

通訳をしていてつくづく思うのは、

what they sayを訳すのではなくて

what they meanを訳すということ。

表に出る言葉に固執していると、

その訳語を探してしまう。

それでは聴いている人が理解できない。

 

安易に対訳に逃げない。

同時通訳の時間制限の中でも意味を伝えるぎりぎりの努力が必要になる。

 

本物の英語を知って、深読みしながら先読みする

通訳をしながら完成形の英語は『こんな感じだろう』を意識すると、ブレブレの通訳にならずに済みます。

 

理想形というのか、最終形を頭に浮かべながら通訳するとブレない通訳が出来る気がします。自分がアウトプットした単語の羅列でどこに連れて行かれるのか皆目見当がつかない状態で通訳していると聞いている人にバレる。通訳はごまかしがききません。それだけ口は脳と近いんだとおもいます。その人の緊張状態、心の状態がすぐに分かります。

 

『こんな感じだろう』というのは、英語という言語はこんな感じのイントネーションで、こんな感じの文章構成だろうな、という見当が通訳をしながらつくということです。

 

ブレブレの通訳というのは、通訳者が元の発言に振り回されて単語単位で変換していてストーリー性が見えなかったり、ロジックが通っていなかったりするときです。ブレブレにならないためには、完成形を想像できるだけでなく事前の背景勉強と発言に対する、ある意味『深読み』が大事になります。

 

深読みというのは、例えば、

『今期のEBITDAというのはですね、』と言い始めた場合に、

『というのは、って次なにが来るんだ??』とはてなマークだらけでは予測しながら分かりやすく通訳が出来ません。

EBITDAはこんな風に積み上がりました、か

EBITDAの数字が示しているのはつまり、か

EBITDAの数字見て分かるように、という導入か、、

 

無限に予想できます。

コレを安易にEBITDA isと始めようもんなら自分の首を絞めてます。身動き取れません。

 

 

理想形を思い浮かべられるようにするには外国人が類似の話題で話している英文をとっ捕まえて、口に何度もして、自分の英語にすることが近道です。

 

ブレブレ通訳にならないためには、発言を深読みして、先読みをする。

 

 

この2つが鍵を握っているんだといつも痛感させられます。

高い質を目指す

同時通訳において話された言葉から話す言葉にどう転換させるか、一種のアート、芸術です。その人のクリエイティビティが出るからです。全員が同じ訳し方をするわけではないし、しなくて良い。クリエイティビティと言っても話された言葉に対する理解度、これから話そうとする言語をどの程度自在に動かせるかで変わる、知的な要素が絡み合っている。だから通訳をやっている側は面白いのです。

 

同時通訳においては、話す側の言葉が一方向に流れるところに、少し遅れて話すようになっています。ここをどの程度の距離を引き離すか、そして、いかにも前から訳していますというのを感じさせない美しいアウトプットがどのくらい出来るか、ここもアートです。

 

芸術 げい-じゅつ

一定の材料・技術・身体などを駆使して、観賞的価値を創出する人間の活動およびその所産広辞苑

 

だから通訳が上手いかどうかというのは使っている単語の難易度、文法、発音などどれか一つを取って評価出来ません。

フィギュアスケートの採点項目にある技術点は基礎点と出来栄え点があります。基礎点は技の評価。出来栄え点GOE(Grade Of Excution)は質の評価です。同じジャンプを飛んでも質の高い演技が評価される。質が高い低いはジャッジの主観が入ることは否めません。センター試験のようにマルかバツかという話ではないのです。

 

通訳も同じで、聴いている人の主観によります。質が高いか低いか。

 

どの質を目指したらいいんだという話ではなく自分が思う高い質を目指すことが大事です。ジャンプを4回飛べば見栄えはどうでもいい、言葉が変換されていれば聞こえ方はどうでもいい、美しく通訳出来れば内容は落としてもいい、そういう考えだと高い質を出せる可能性は下がると思います。

 

常にベストを尽くすというのは集中力と体力が必要で簡単には行きませんが、今日も高いGrade Of EXCELLENCEを取る勢いで行きましょーう

足元を見て歩かない

天下統一に手が届きそうだった織田信長の頭にあって、戦国時代最強の軍神上杉謙信になかったものは目標(一般方向)であり、そのための戦略だそうです。

最強の成功哲学書 世界史

 

 

勝率はとにかく高かった上杉謙信も、一般方向、目標については関心なし。

ビスマルクもこの一般方向については常に意識していたようです。ドイツ帝国をどんな形の国にしたいのか、どんな地位をヨーロッパ大陸で占めたいのか、目の前の家臣の細々した緊急相談も処理しながら、遠くを見て考えたんでしょうね。

 

 

遠くに見えた目標から足元におとしこむ。

今必要だから実行する、ではないのです。今必要だから実行しているレベルのものでは遠くに行けません。今のちょっと先です。

 

遠くに見えたから、今この時に何が必要なのか初めて見えます。

 

 

 

通訳でも同じです。

明日、明後日の、毎日の仕事で上手く行く、つまり勝率を上げることも大事です。でもその連続だけでは全体として自分が進みたい方向にはなかなか進まない。

 

自分はどんな通訳者に最終的になりたいのか、どんな通訳を出来るようになっていたいのか、そうした遠い目標を確認するから、足元で何をしないといけないか分かる。今日明日のトレーニングで何が必要か分かる。

 

 

遠い先に気づいて足元を振り返ったら、意外とここまで来たんだ、といつか思うんだと思います。