通訳者Mのブログ

通訳と、人生と。

a minute makes a difference

乗り換え案内をひらく

 

出発 6:42

到着 7:13

 

6:46出発にしても、到着は変わらない

6:48出発にすると、到着は7:24に変わる

 

人生タイミングだ

タイミングですべてが勢いに変わるし、

タイミング如何ですれ違いは起きるし、

タイミング如何でチャンスをぎりぎりつかめたりする 

話し方にけじめを

フラメンコではこれまでの流れを一瞬止めるレマーテとよばれるものがある。

あえて訳すと、ケジメ、らしい。

 

止まることなく動きが、流れが、成り行きで続くと、つまらない。面白みのないものになる。なんとなく、の連続に見えるから、仕切りが大事。

 

苦味があるから、甘みを感じる。

硬い岩壁そびえ立つから、隙間から生える緑が映える。

陽があって、陰がある。

文の終わりには必ず句読点がある。

歌にもサビの盛り上がりと、それ以外がある。

英語も話し始めと、終わりがある。

ピリオドが来るから、息を吸って次の文へうつる。

 

 

 

なんとなく、話さない。

スピーカーにズルズル引きずられない。

 

逐次通訳

こう振り返ってみると

 

2017年4月フリーランスになりたての私は、「全部伝える」の意味を分かっていながら実践できていなかった、と思う。

 

 

 

 

 

一歩下がって語られている内容をつかむ勇気がなかった、というよりは

 

全部言ったから、伝えたのだ、というずるい部分があったことは否めない。

 

学校で正解を訳に出すところから抜け出せず、通訳のなんたるかを、いかようであるべきかを、分かったようで分かっていなかった。でもそれでいい。教科書と現実は違う。

 

 

 

実際、逐次通訳は簡単ではない。同時通訳より難しいかというと、とんでもない。

 

 

 

が、逐次通訳も同時通訳も同じことをしているはずが、逐次通訳の方が責任が伴う気がしてしまう。それに、一度に一言語しか話していない。極めて普通のことだ。だからアウトプットは洗練されていて、わかりやすくて、当たり前だ。

 

通訳をしばらくやってみれば分かるが、同時通訳も難しいことこの上ないけれど、誤解を恐れず言えば、ごまかせてしまう。事実だと思う。

聞いている人がロジックがおかしくて、元の発言と食い違っていて、抜けているところがたくさんあって、通訳し終わったあとに、は?となる確率は高くない。なぜなら、バイリンガルでも、英語、日本語、どちらも聞きながら、かつ評価を行うのはかなりキツイから。なんとなく、流れてしまう。

 

同時通訳は今回さておき、

逐次通訳が難しいのは、言葉を逃さずに追いかけ、かつ、一歩下がって全体像をつかんで、言いたい中身を細大漏らさずに伝えないとならないから。

 

ふわっと分かったところだけ伝えるのは本当によくない。

だからといって聞こえてくる単語にしがみついて、よく分からないから、とベタ訳するのは論外。

 

 

だから逐次通訳は面白い。

音源は同じなのに、どう調理するかで、出口の成果物は異なってしまう。

 

逐次通訳のクオリティを上げるということは終わりなき世界に生きていくということ。

一生懸命では今の時代、足りない

信長の原理

本年の幕開けはこの書籍から。比較にもならない忙しさの首相が年末年始に選んだ書籍と知ってさぞ、と思って気合いを入れて読み始めましたが、これほど引き込まれる歴史小説は初めてです。The book of my 2019に早くもノミネートしたいくらいです。

信長と家臣の思考回路が手に取るように、そして景色が目の前で展開されるがごとく鮮やかに描かれています。

一所を当時の武士が命懸けで守るその様を一所懸命というようですが、そんなことでは現代の私たちが言う一生懸命なんて生ぬるいもんだなと感じました。

 

大体、一生懸命がんばります、はdo my bestなわけだから、今の時代かなり格下げされた言葉になってしまってますね。言わない方ががまだまし、か。

 

 

年末を締めくくったのはこちら。

最強の教訓! 世界史 (PHP文庫)

歴史を平たく説明するというよりも、どんな教訓があるかを、時代背景と当時の人間模様を描きながら講義をしてくれる書籍です。落ち込んでいる人が読まない手はありません。こんなことをしている場合ではない!と焚きつけてくれる本です。

 

書籍を読んで実行に移すことは私自身多くないですが、この本でドイツの宰相オットー・ビスマルク織田信長(偶然2019年とつながりました)の共通項に割かれたページを読んで、通訳者人生計画を考え練り直しました。

 

軍神と言われた才がありながら多くを成し遂げられなかった上杉謙信と、

絶体絶命になることも多く、勝率も謙信より劣っていたにもかかわらず天下統一まであとわずかまで来た信長の対比も勉強になりました。

 

諸代々の人生先輩方からの教訓を生かして2019年も前進あるのみです。 

 

少し内容は異なりますが、doing your best isn't good enoughを語るTEDスピーカーがいます。

 

そう、どちらにしろ、一生懸命にやるだけでは足りないですね

常に満足せず

宮沢りえさんのインタビューが目に入って、
美容院でリラックスするはずが、通訳のことを考えるはめになってしまった日のはなし。

自分を評価できない、自信がもてない、もうこれは私の性格で、、と。

「私、自信過剰な人が大嫌いなんです」があるパラグラフの冒頭に。
もっとこう出来たんじゃないだろうか、あそこはもっと改善できるのでは、と、
自らを省みている人の方が誠実ではなかろうか、という記事。

美容院の鏡に映る自分を眺めながら、ヘアスタイルそっちのけで通訳のことを考えた。
(考えたってヘアスタイルはそう変わらない)


そう、通訳者として会場に入る時には自信を持っていくことは大事だと思う。
色んな不安や懸念は考えずに。
考えなくても済むように、準備をする。


けれども、どう通訳するのがベストか、それには必ずしも答えが一つだけではないと思う。
クライアントに喜んでいただけたとしても、ここをもう少し改善できた、とか、
あの部分はこういう表現の方がよかったな、とか、いくらでもある。
ましてや、クライアントが無反応だったときは、手を入れなおすレベルから違う。
あの時のこの表現、、で済んだら楽だけれど。知識から言語力、理解力、使ったコロケーションに至るまで。


自分の通訳スタイル(わかりやすく)A, Bのどちらがいいんだろうか悩んだとき、
(これこそ神の見えざる手と呼んでいいと思う)たまたま大ベテランの方とお仕事するチャンスが回ってきて。
その方にとっての正解は、どちらも、だった。クライアントによるし、スピーチの中身によってやり方を変える。
自分のポリシーはなんとなく持ちつつ、臨機応変に、速くも、遅くも、対応するのだ、と。


それでも
こうでもない、あちらでもない、この方がいいかもしれない、と
改善を目指すかたつむりのような集中的な努力で未来が積みあがっていく。


そう、だから宮沢りえさん、おっしゃっていること、よく分かる気がします。

quite a year net net

山手線には駅伝出場大学ののれんが下がり

主要駅はスーツケースと人の増加が著しくて

あちらこちらで埃っぽく年末年始の足音が聞こえる

 

そして今日も仕事帰りのエスプレッソマキアート

たいして変動もしないパフォーマンス

ペンとノートとイヤホンと

毎度未消化の気分の帰り道

 

わたしのおおきく変わらない日常

なんだかんだ気に入っている

 

その中でいろんなことが少しずつ変わって

少しずつ進化して

少しずつ増えて減って

さようならと、新たな出会いと

 

 

 

寒波が日本列島を、なんて言うけれど

とても暖かい日差しが注ぎ込んで、窓を開けた

年賀状も書き終えたこの空白時間

CRANE&CO.の新品のカード、

そうだ手紙をかこう

 


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you finally get to tweak it

初めてはいつもなにか特別

2回目、3回目もその浮足立つ感じは味わえる

その浮足立つ感じは緊張だったり、待ちわびていたものが目の前にあったり、何より初めてだからなにもかもが新鮮で。

 

初めてはいつもなにか特別

それは、いつもの自分ではいられないからだと思う

自分らしくなかったり、格好をつけてしまったり、実力が出せなかったりする

浮足立っているから当然。

 

生きていれば浮足立つ感覚から、地に足が着いてしまったなという感覚を味わうことは何度もあると思う。

昼間に目を開けて夢を見ているような感覚だったものはどこへ行ったのか、と。

 

今日も日々の営みに溶け込んで、私の目の前にある。

 

 

 

人生の醍醐味はここから。

ここが分岐点。

ここからがスタート。

 

慣れてきて初めて風景がよく見えるから。本質が見える。自分のことも少しは、客観視出来る。自分の声もよく聞こえるようになる。

 

ここまで来たから改善、工夫が出来る。